30『王宮にて』
王宮の私的な区域にある王の居室では、今夜も王がひとりで書類に向かっていた。
ジェラルディンが出奔してから早2ヶ月近くの時がたっている。
すでに季節は厳冬期になり、今外では吹雪が吹き荒れていた。
この時期は人々の生活が一変する。
その生産活動は著しく低下し、各自家に閉じこもる生活となる。
貴族たちも領地に籠り、王宮もこの時期は静かだ。
そんななか、王はこの2ヶ月あまりの間の報告書……ジェラルディンの消息について、捜索した場所のその結果が書かれたものを読み直していた。
王にしてはこじんまりとした居間を照らす、手許の魔導ランプの光を頼りに書類をひとつひとつ精査して、そして溜息をつく。
自分と同じ影魔法を使うジェラルディンだが、その種類はまったく違って、主に防御に徹するジェラルディンはおそらく影空間に閉じこもっているのだろう。
「無理やり連れ戻すつもりは無いのだ。だがせめて元気でいるのか、それだけでも知らせて欲しい」
「そのお言葉、偽りはございませんわね?」
ランプに照らされた部屋に落ちた影の中に、音もなく現れたのは、簡素だが上質なロングワンピースに、綿入れの袖なしチュニックを着たジェラルディンだった。
「そなた、今までどこに……」
思わず立ち上がった王に優雅なカーテシーで挨拶したジェラルディンは、伯父である王に優雅な笑みを見せた。
「陛下、今まで連絡もせずに申し訳ございません。
やっと落ち着く事が出来ましたので、こうして御前に参りました」
王の口許がひくりと震えた。
それは暗にもう国内に居ないと言っているようなものだ。
「それよりも、元気だったのか?」
「はい、色々ございましたが無事でございました。
ご心配をお掛けしました事を陳謝致します」
「そのような事はよいのだよ」
王はジェラルディンをソファーに誘った。
大きな手を差し出すと躊躇いなく手を重ねたジェラルディンに王は微笑んだ。
「さて、茶でも出したいところだが、今のこの状況は誰にも見られない方が良さそうだ。
酒ならあるが、そなたに飲ませるわけにはいかぬな」
冗談めかした物言いにジェラルディンは笑った。
そして異空間収納からティーセットを取り出す。
「お茶は私が淹れますわ」
「お願いしよう」
久しぶりの、伯父と姪の時間が過ぎていく。
「さて、今度はこちら側の、あの後の顛末を話そうか」
ジェラルディンの方は逃亡中でもあるので詳しい話は省いている。
ただ乗り合い馬車に乗った事や、影空間に潜んで居た事は多少端折って話していた。
「結論から言うとアルバートは王位継承権を剥奪して廃嫡。王族から追放し、今は一応サンドラド侯爵家預かりだが、どうだろうな」
サンドラド侯爵家とはアルバートの母の実家である。第二妃であった彼女はアルバートが幼児の頃、不貞が原因で “ 処分 ”されている。
「まぁ……」
ジェラルディンはびっくりして数度、瞬きをした。
「当然であろう?
あれは黒を持たぬ者。
そなたと婚姻する事で王となる資格を得ていたと言う実感がなかったようでな。
あの阿呆さ加減には呆れるしかないわ」
「政略結婚とはいえ、幼い頃はそれなりに好意を持っていたのですが」
「しばらくそなたは、そういう事に煩わされずに居れば良い」
「ありがとうございます」
おそらく束の間の自由だろう。
だが黒を持つものとしての義務も忘れる事はない。
「それと、そなたの実家バラデュール家だが、そなたの父を追放してバラデュールの領地は王家預かりとなっている。
元々のそなたの所領とともに今までと同じ代官に管理を任せてある」
「そうなのですの?
有難い事ですが、私は」
「そなたが戻ってくるという希望のために、呑んでくれぬか?」
「承知致しました」
王とジェラルディンの会話は夜更けまで続いたのだが、最後まで義母と異母妹の話題は上らなかった。




