3『影魔法』
【影魔法】それは影を自由自在に操る魔法である。
それは現在、攻撃系を主とする現国王、第二王子と補助系を主とするジェラルディンの3人しか扱うものがいない、王族限定の特別な魔法であった。
ジェラルディンの場合、その影魔法と空間魔法を組み合わせて特殊な事象を発現する事が出来る事により、今回の出奔も容易く行なう事が出来たのだった。
「さて、これからどうしましょうか」
【影移動】はジェラルディン独特の魔法で、一度でも行った事のある場所に転移できるだけでなく、影から影へと移動する事が出来る。
これによって、王都からの逃亡が可能になるのだが、その先のひとり旅である事特有の危険を避けるために有用である。
「とりあえず王都からは脱出したいわね。
国王陛下への文はバートリに託してあるから、失礼だけど今回はこのまま姿をくらませる方がいいわ」
ジェラルディンは今、王宮に隣接した庭園で佇んでいた。
この場所は貴族しか立ち入れない、衛兵に守られた場所だ。
彼女が侯爵邸からここに転移してきたのは、単純に選択肢が少なかったからだ。
そしてジェラルディンの姿は、また影の中に吸い込まれ、この後王都では二度と彼女の姿を見ることはなかった。
影の世界に入り、そこから外の世界を覗くと、薄ぼんやりと靄る白黒の世界だ。
そこに広がる影を踏み、ジェラルディンは王都の外に向かって歩みを進めていた。
舞踏会会場の大公家から邸に戻って、大急ぎで支度を整え出奔するまで僅か数刻。
そろそろジェラルディンを除く一行が邸に戻ってきてもおかしくない時間だった。
「私がいないことに気づく前に王都から脱出して、なるべく離れたいのだけど……」
そろそろ飲食店は閉店し、あとは朝方まで営業している酒場が目当ての酔っ払いがうろついているばかりだ。
いくらその姿が見えないからと言って、ジェラルディンとしてはあまり気分の良いものではない。
影を伝う足を早めて、王都の玄関【大門】に向かった。
もちろん門は閉まっている。
だがジェラルディンは影伝いに移動できるので容易く越える事が出来た。
あまりにも簡単に王都を脱出する事が出来たので少々脱力してしまったが、ジェラルディンはそのまま影のなかを進んだ。
大門から離れていくと、焚かれている篝火から遠ざかって行き、影の中の白黒の世界がより暗く感じられていく。
それでも代わりに月明かりが街道を照らしていて、ジェラルディンはかなりの距離を稼ぐ事が出来たのだ。
「勢いで飛び出してきたけど、そろそろ野営して地図なんかも確かめた方がいいかもしれないわね」
ジェラルディンの【影魔法】の特徴は空間魔法と組み合わせられる事だと以前述べたが、それは影空間に住居を構築できる事だ。
彼女の視線が外部から逸らされ、ある一定の方向に向けられると、そこに扉が現れた。
「あ〜 疲れた」
令嬢らしくない様子で扉を開けて中に入ると、貴族の館ほどではないが充分心地よく調えられた室内を見回した。
「ここも久しぶりね。
あとで空間収納から荷物を取り出さなくてはね」
ここは亡き母がその基礎を整え、このような時の為にジェラルディンが準備してきた【隠れ家】である。
今はもうジェラルディンしか入る事が出来ない、絶対安全な【隠れ家】であった。