294『初めての……』
春とはいえ朝は冷える。
ジェラルディンから借りたゲルから出たオリヴェルは思わず身震いした。
周りの騎士たちも同じだったが、ジェラルディン貸し出しのテントの中が思ったよりも暖かかった事と、野営地の周りを囲んだ結界のせいで外気よりは幾分ましだ。
そして朝食は細かく刻んだ野菜とベーコン、そして小ぶりのショートパスタを煮込んだシンプルな塩味のスープ。
この熱々のスープは身体を芯から温めてくれる。
そして食べ放題のロールパンの中にはバターが入っていて、口にすると溶けたバターが溢れ出すという、とても美味なものだ。
食後のお茶もミルクティーで、魔法瓶機能の付いた水筒にも熱々の紅茶が入れられて各自に渡された。
遠征3日目。
昼食のホットドッグを食したあと、一行はひたすらゴセック子爵領を目指して馬を駆っていた。
その時ジェラルディンが異常を察知する。
素早く馬車の窓を開けると、並走していたオリヴェルに声をかける。
「この先に何かいます!
魔獣ではなくて、おそらく人間。
多分盗賊でしょう。
人数は……20人ほど、本隊より少し手前に3人、斥候か弓士でしょう」
「承知しました!
隊長に知らせて来ます」
馬の脇腹を蹴って駆け出したオリヴェルを見ながら、今度はラドヤードに話しかけた。
「現れるのが少し早いわね。
リカルドのところを襲った盗賊団とは別口かしら」
「そうですね、おそらくそうでしょう。
しかしこんな町の近くで待ち伏せしているなんて……」
先ほど休憩と食事を摂ったのは町を囲む外壁の側だ。
出入りに邪魔にならないよう離れていたが門はすぐ近くだった。
「皇国は、私が思っていたよりも荒れているのかもしれないわね」
ジェラルディンは皇国に対して、勝手に幻想を抱いていたようだ。
事実、教養高い学問の国といったイメージが強かったのだが、真実は盗賊が跋扈する荒んだ国だったようだ。
今まで旅をしてきて何度も盗賊団と相対し殲滅してきたが、子爵とはいえ貴族の所領を襲うなど少なくてもジェラルディンは聞いたことがない。
「もうすぐ接敵するわ。
ラド、思う存分暴れてきてよいわよ」
馬上からのぶつかり合いになるためラドヤードは槍を手にしている。
小さく頷いた彼は嬉しそうに馬を駆っていった。
剣を交える金属音と男たちの掛け声のなか、断末魔の叫びが聞こえ始めて暫し、離れた場所で様子を窺っていたジェラルディンの元にラドヤードに付き添われたオリヴェルが戻ってきた。
その顔色は青白く、足元もよろけている。
「ああ、あなた……人を斬るのは初めてだったの?
ラド、オリヴェルを馬車に乗せてあげて……ありがとう。
さあ、これを飲んで」
タリアから渡された、紅茶の入ったコップをオリヴェルの口許に運んだ。
半ば虚な目をしたオリヴェルが噛みしめた唇をゆるめる。
大人しく紅茶を飲んだオリヴェルが、今度は急に震えだした。
「ラド、彼の面倒は私たちが看るわ。
あなたは騎士団の方たちと後始末をお願い」
どうやらオリヴェルは精神的なショック状態のようだ。




