237『国境へ』
次の町に着いたのは、大風の夜から3日目の昼だった。
泥だらけだった馬車は簡単に水で洗っただけだったので、特に足回りなど点検しなければならない。
自然と複数日の滞在が決まり、ジェラルディンは影空間の隠れ家に移ることにした。
「今夜はあちらで泊まります。
ラドヤードもゆっくりするといいわ」
宿の自分たちの部屋で少し早い夕食を終えたあと、ジェラルディンはそう言って酒瓶を取り出した。
貴族御用達の高級ワインだ。
ラドヤードは目を輝かせて、それを受け取った。
「この宿には浴場があるそうじゃない。ひと風呂浴びてさっぱりしてらっしゃいな」
彼はジェラルディンの言葉に甘えることにした。
その後はワインを飲んで、リラックスして眠る。
それは滅多にないご褒美である。
「朝食までに戻ってくるわ。
明日はいつもの通りお店巡りをしましょう」
ジェラルディンとともにラドヤードも笑顔になった。
ジェラルディンは影空間の隠れ家で調薬をしていた。
旅に出てからも折を見てポーションを作っていたが、思ったよりも評判が良く、かつ高価で売れる。
乳鉢に粉砕した薬草を入れて乳棒でゆっくりと擦っていく。
摩擦熱で変質しないように細心の注意を払って、粉末状になった薬草を蒸留水で沸騰させないように煮るのだがこの時に魔力を使う。
この他に聖水と呼ばれる魔力を含んだ水で、水出しする方法もある。
こちらは熱で変質しないため、効果の高いポーションが出来る。
これを中級ポーションとして販売しているのだがかなりの稼ぎを稼ぎ出すのだ。
彼女の散財を支えるメイン商品は、こうして製造されているのだ。
雨風と泥によって痛んでいた馬車のメンテナンスが終わり、旅が再開されて20日目、ようやくイバニュエス王国からオストネフ皇国との国境に近づいた。
もちろんここまで来るのに何事もなかったわけではない。
街道を進んでいるとはいえ、魔獣に襲われることもあったし、予期せぬ小さなトラブルはしょっちゅうだった。
そしてこれからこの旅最大の難所である山越えを迎えている。
つづら折りになった山道を、ゆっくりと登っていく馬車の列。
この難所ではなるべく複数での山越えを推奨しているので、隊商以外の馬車も後に続いている。
馬の状態や途中で日が暮れてしまうため頂上近くに野営地があり、今夜はそこで夜を過ごすことになる。
ただここは魔獣に襲われることが多く、今夜は臨戦態勢となるだろう。
「主人様、どうです?
もう近づいてきていますか?」
「魔獣にとってもここは餌場なのでしょう。
文字通り、食うか食われるかですわね」
サンドリアンは落ち着きなくあたりを見回している。
「……今のところ、小物がいくらかこちらを窺っていますね。
襲って来るような魔獣はまだ集まって来ていないようだわ」
これまでの旅でジェラルディンが【探索】することを知っていたサンドリアンはそれを聞いてホッとする。
「でも安心できなくてよ?
今夜は護衛の皆さん、一睡も出来ないのではないかしら」
「俺も寝るつもりはないですよ」
「ラドにはここを守ってもらいたいわ。
だからこの場で待機してちょうだい」
「主人様の御心のままに」




