231『掏摸(スリ)』
果物を吟味して、いつもの大人買いをしたジェラルディンは、あちらこちらでそれを繰り返していた。
その行為は目立つわけで、この後そうなるのはある意味当然であったと言えるだろう。
いくら人が多いと言っても、そうそうぶつかるわけではない。
そしてジェラルディンもラドヤードも十分気をつけて歩いているはずだった。
そのジェラルディンの斜め後ろから、自然な感じで近づくものがいた。
そのものは先ほどからそれとなくジェラルディンを見ていて、追いかけてきていた。
その、隙がありそうでないジェラルディンに嫌な感じはしたものの、その盛大な散財の仕方にすっかりと捉われてしまった彼……少年は意を決して近づいていく。
そしてふたりが交錯する一瞬、ジェラルディンの手が支払いをするためにローブから出た瞬間、少年の手がジェラルディンのウエストポーチにかかった。
そう、少年はこのあたりを縄張りとするスリだった。
彼は今までの経験から、この少女のようなか弱い対象からスるのが一番容易い事を知っていた。
護衛の存在にも気づいていたが、その金離れの良さにすっかりと魅了されていた。
少年の指がウエストポーチを掴む。
そしていつものようにポーチを強奪しようとしたのだが、持ち主の身体が僅かに傾いだだけで盗り損なったのだ。
失敗を悟った少年は慌ててその場から離れようとしたのだが、一瞬遅かったようだ。
その衝撃は2ヶ所からやってきた。
少年の目の前で長剣が一閃し、ポーチを掴んだままだった自分の右手が離れていく。
見れば右手が肘のあたりで切断されていて、慌てて逃げようとしたのだが。
二つめの衝撃は腹からで、真っ黒な棘が腹から生えているのを見て、少年は狂ったように叫び、喚いた。
その様子に気づいた民たちは自然と遠巻きに眺めている。
市場の中を見廻っていた騎士が騒ぎを聞きつけてやってきた。
そこでその騎士が見たのは、冷ややかな目で見下ろす少女とその護衛らしい大男。
見下ろされているのはスラムのスリだ。
「一体何事だ!?」
それぞれの方向から騎士たちが集まって来て、ジェラルディンは自分が騒動に巻き込まれたことを実感した。
今、視界の隅に捉えている少年は、かなりの重傷なはずなのに這いずって逃げようとしている。
自身の持ち物に汚い手で触れた下民を、ジェラルディンは許すつもりはない。
今度はその場にいるもの、全員の前で黒い棘が少年の脚を貫き、その場に釘付けとなった。
「貴族!!」
吸い込んだ息がひゅっと音を立てた。
この件はスラムのスリが、お忍びで来ていた貴族の令嬢の持ち物を狙ったことが発端のようだ。
最初にやってきた騎士は青ざめた。
彼は【貴族】というものがどれほど面倒な存在か、身に染みてわかっていた。
「そこの騎士!
この場合、処分してしまってもよろしいのか?」
ラドヤードが大きな声で呼びかけてくる。
もう彼はこの場から逃げ出したくなってしまった。




