23『グリーンウルフの襲撃』
ハーレム男のねっとりとした、嫌な視線に悩ませられながら迎えた3日目、旅程は順調に進み予定より少し早く野営地に到着する……というところでジェラルディンは異変を感じた。
すぐに、休憩で馬車の中にいた助手の青年に小声で告げる。
「ジュンさん、この先で魔獣が……おそらくウルフ系の魔獣の群れが待ち受けてます。
かなりの数だと思います」
ジェラルディンの話が終わらないうちにグリーンウルフの遠吠えが聴こえてきて、それにいくつもの遠吠えが続いた。
馬のいななきと共に、急制動がかかった馬車は激しく揺れて倒れそうになる。
「きゃあ!」
たまらず投げ出されたマルタの悲鳴で、ハーレム男が我に返った。
「ウルフの襲撃か!?」
ハーレム男と3人の女たちが立ち上がり、あたりを見回している。
完全に停止した馬車の前方にもウルフの姿を感知して、ジェラルディンは顔をしかめた。
「……囲まれつつあるわ」
緩い円形に分布したウルフは、ゆっくりとその円を狭めてくる。
そしてこのまま馬車を囲んで蹂躙しようとしているのだろう。
もう馬車の進行方向の前方には、数頭のウルフが目視できた。それらはジェラルディンの【鑑定】では総数約50頭。
ウルフたちにとって馬車は厳冬期前の最後の獲物だと認識されていた。
「よし!おまえら、ひと暴れするぞ!!」
ハーレム男の言葉に反応した女たちが応えを返して馬車から飛び降りていく。
ジェラルディンは小窓から御者に声をかけた。
「グリーンウルフの群れに囲まれたようです。
数的に護衛の戦力だけでは難しいでしょう。でも、囮くらいにはなるでしょうから、隙を突いて脱出しましょう。
……その時は合図しますので一気に駆けて下さい」
「それは……」
「あの人たちはこの馬車を守るのが仕事なんでしょう?
今は私たちが助かることを優先しましょう」
小窓から覗く、御者の顔が歪んでいる。だがすぐに頷いてきた。
「わかった。
ルディちゃんの言う通りだよな。
それで、俺はどうしたらいい?」
「私、今から外に出ますので、助手さんと手伝って下さい。
まずは馬を落ち着けて、水飲み用の桶を出して下さい」
助手とともに馬車を降りたジェラルディンは、アイテムバッグから出すと見せかけて異空間収納から回復薬を取り出した。
「これを馬たちに飲ませて下さい。
助手さんはこちらを脚全体に掛けてやって」
決して安いものではない回復薬を、馬に飲ませろ、そして脚に掛けろと言われても即座には反応出来ない。
だが、元々喉が渇いていた馬たちは、桶に注いだ回復薬をすごい勢いで飲み始めた。
「脚に掛ければ多少ですが疲労が取れるはずです。
これからウルフを撒くまで頑張ってもらうわけですから念入りに」
そして今もジェラルディンはウルフの群れの動向を監視している。
ハーレム男たちも、今は押され気味だが何とか対応していた。
だが体長3m近いグリーンウルフである。
今はまばらな攻撃だが、一度に複数が襲って来れば……その先は想像に難くない。
彼らの冒険者としてのランクは知らないが、ハーレム男は1人でもウルフを倒す事ができるだろう。だが女たちは3人でようやく対峙できるかどうか……
やはりあの格好は見掛け倒しであったようだ。
「ぎゃあっ!」
グリーンウルフの爪が、丸出しの腕をかすったようだ。
ジェラルディンとしてはあのビキニアーマーに全身を防御する魔法でも掛けられているのかと思っていたが、どうやら普通のアーマーのようだ。
「馬鹿なの?死にたいの?」
馬たちへのケアが終わり、御者は御者台に座り手綱を握った。
ジェラルディンは助手と共に客席に戻り、助手はしっかりとドアを閉め窓に戸を下ろした。
「皆さん、もうすぐこの馬車は出発します。かなり揺れると思うのでしっかり掴まっていて下さい。
しばらくの事なので、どうか落ち着いていて下さい」
助手がこの場にいる事でかろうじてパニックにならずにいる乗客たち。
そしてそのうちの誰かの溜息が聞こえた。
「外にいる連中はどうなる?」
彼らは今目の前で、ドアに鍵が掛けられるのを目にしている。
「昨日、自分たちの身に替えてでも守ると言っていたでしょう?
そういう事ですわ。
……命は何よりも大切だなんて、綺麗事は言わないで下さいね」
ちょうどその時【鑑定】で観察していたグリーンウルフの包囲網が、ハーレム男たちを襲撃するために移動し、馬車が突破する方向に隙間が空いた。
「今です! 馬車を出して!!」
全力で鞭が振り下ろされ、馬たちはいなないた。
「おい!何してるんだ!待て!!」
そのいななきが何を意味するのか、即座に気づいたハーレム男は追いかけようとするが、その男めがけてウルフが駆け寄ってくる。
ハーレム男とその女が喚くなか彼らを置き去りにして、馬車は走り去って行く。
この後ジェラルディンたちは、御者と馬たちの必死の働きで逃げ切ることが出来たのだ。




