227『代官屋敷』
差し向けられた馬車に乗って、やって来たのは代官屋敷だ。
昨日の失礼な使者とは違って客に相応しい対応で、ジェラルディンはラドヤードを連れて館の中に入っていった。
「ようこそいらっしゃいました。
態々ご足労いただき、申し訳ございません」
ここヤボートの代官は平民である。
彼は、この少女が冒険者ギルドで魔法を使ったことを聞き及んでおり、それはイコール彼女が【貴族】であるという事を表している。
「我が町での不手際、とても許すことは出来ません。
例の冒険者は厳罰に処しますので、何卒」
もう老人と言って良い年頃の代官が、文字通り平身低頭謝っている。
その様子を見てジェラルディンは、構えていた力が抜けてしまった。
そして、未だに玄関から入ったホールで立ち往生している。
しかしそんな状況に割って入る者が現れた。
「この儂からも謝罪する。
どうか怒りを納めてもらえないだろうか」
「ご領主様」
大物の登場である。
ヤボートを含むこのあたりの3つの町と5つの村を治める領主、バルヒュット連合国では数少ない貴族であるメンテ・グロクソン伯爵は、昨日ヤボートに現れた貴族の令嬢がトラブルに巻き込まれたと聞き、自ら馬を駆ってやって来ていた。
「はじめまして。
影の国から参りました、ジェラルディン・バラデュールと申します」
名乗りと同時に解かれた色替えの魔法により、ラドヤードすら見たことのないジェラルディンの本来の姿が現れる。
そこには略式のカーテシーをした、黒い髪、黒い瞳のジェラルディンがいた。
「っ! 漆黒の王族!!」
驚愕に目を見開いたグロクソンは瞬時にその場で片膝をつく。
そして視線を落とし王族に対する礼を取った。
「伯爵、わたくしは今お忍びの旅の最中です。
そのように仰々しい挨拶は不要です。
まずは顔をあげてくれませんか?」
上位貴族の女性をジロジロと見ることはマナーに反する事だが、本人の許可を得れば別だ。
グロクソンはゆっくりと顔をあげ、再びジェラルディンを視界に捉えた。
『お美しい』
驚嘆の溜息が出そうになるのを堪え、お伽話の中にしか存在し得なかった黒の一族、そのひとりを生涯その目に映しとらんとグロクソンはただ見惚れていた。
その前で護衛であり従者でもあるラドヤードが近づき、ジェラルディンから恭しくローブを脱がせ取った。
ローブの下から現れたのは鮮やかな色彩の花柄のドレスだ。
希少なクイーンアラクネの糸で紡いだアラクネ絹であり見るからに違う。
「それで、この度のお招きは一体何だったのでしょう?」
ヤボートの町に貴重な魔法士が現れたので、取り込みに来たなど口が裂けても言えない。
グロクソンの背中に冷や汗が流れ落ちた。
「いえ、この町の代官から、貴族の令嬢に無礼を働いた冒険者がいると聞き、お詫びに伺った訳です」
最早、ジェラルディンを言いくるめようとは思っていない。
グロクソンはいかに無難にこの場面を凌ぐか、そればかり考えていた。




