219『侯爵邸のメイドたち』
いつもより遅く目覚めたジェラルディンは、あくびをしながら身を起こした。
サイドテーブルのベルを鳴らすとすぐにタリアが姿を現わす。
「おはようございます。姫様。
お支度だけで、朝食はあちらで召し上がるのですね?」
「ええ、それでお願い。
それから今日も外出するので、動きやすい服を用意してちょうだい」
「はい、そういう時のために、新しくいくつかお仕立て致しました。
少し落ち着いたお色なのですが、素敵ですよ」
いつのまにか入ってきていたジェラルディン付きのメイドたちが衣装部屋からいくつか持ってきていた。
「アラクネ絹のチュニックは細身のシルエットですが両脇にスリットがかなり深く入っているので動きが阻害される事はないと思います。
お色はセルリアンブルーです。
下に合わすレギンスはシルバーホワイト、編み上げブーツはシルバーグレーです」
それとなく鑑定すると、ずらずらと付与効果が並ぶ。
溜息して、タリアとメイドたちのなすがまま、ジェラルディンは逆らわない。
「姫様、ぴったりですわ。
髪のお色が元のままであればもっとお似合いですのに」
背中に並んだ包みボタンを留めながら、タリアは上機嫌だ。
「ありがとう、タリア。
このチュニック、とても着心地が良いわ。
もっと綺麗な色やお花の柄なんて素敵ね」
タリアの目がきらりんと輝いた。
社交界に出ることのないジェラルディンはドレスを作ることもなく、タリアをはじめメイドたちは常々不満を抱えていたのだ。
だがたった今、主人から服の製作を認められ、態度にこそ出さないが女性陣は狂喜乱舞していた。
「では、行ってくるわ」
「いってらっしゃいませ。姫様」
こうしてジェラルディンは宿屋の部屋に戻ったのだが、そこには思いもよらないものがあった。
「主人様、おはようございます。
実は主人様があちらでお休みの間早朝に、昨日の質屋の店主が参りまして、主人様にこれをと、置いて帰りました」
それは50cm×35cmの大きさで、高さ30cmほどの布包であって、テーブルの上に置かれている。
「あら、何かしら?」
何となく持ち上げようとして、その重さが意外だったジェラルディンは結び目をほどいていて、その匂いに気づいた。
「これは……羊皮紙とインクの匂い?」
もどかしげに結び目をほどくと、そこには分厚い本が2冊と小冊子があって、その本のタイトルを見たジェラルディンに震えがきた。
「これ……薬学の本だわ。
ラド、店主殿は何と言っていたの?」
「『昨夜お薦めしようと思っていて、忘れてしまっていたので献上します』と」
「献上……」
ジェラルディンは本の留め金を外し、表紙を開いた。
そこには写実的に薬草が描かれており、次に開くと目次で色々な項目が記されていた。
「結構古い薬学の本だわ。
あの店主殿、私が薬師だと名乗ったのを忘れていなかったのね。
……これは貴重な本だわ。
本当に貰ってしまって良いのかしら」
あれほど散財したのだ。
薬師以外に価値のない古書など、上客を喜ばせるためなら普通に差し出すだろう。
「では後ほど寄ってみましょう。
また何か掘り出し物を用意しているかもしれませんよ」
「ラド、私今まで質屋というものを知らなかったけど、なかなか有益な店ね。
この町には他に質屋はないのかしら」
「宿の女将に聞いてみましょう」
街中はすでに商いが始まっている時間であり、早速昨日の質屋に向かったところ不在で、ジェラルディンは女将に聞いた質屋巡りをして時間を潰した。




