218『ジェラルディンのお買物(真)』
「何て美しい造形なの……」
ペン先に収束していく溝の繊細さに、ジェラルディンは感嘆の声をあげた。
「これもペンの一種だと思いますが、あまりに珍しすぎて販路に乗らなかったのだと思います。
お嬢様、いかがですか?」
「もちろん、すべていただくわ」
ジェラルディンの頬は喜びに満ち溢れ、上気している。
「とても得難いものを複数、ありがとう。
嬉しすぎてもう、何も考えられないわ。ごめんなさい。
もう、いっぱいいっぱいだわ」
「主人様、どうかお座りください」
ラドヤードは主人が倒れてしまうのではないかと、オロオロしている。
「さて、いつまでも興奮していられないですわね。
価格はいかほどになったかしら」
「はっ、はい、なに分インゴットが高価ですので……」
老人は思わず口ごもってしまう。
何しろべらぼうな金額になってしまっている。
「まずは筆記具からです。
その、ガラスで出来たペンが3本で金貨3枚、あとの3本はお付けします。
それからインゴットですが……ミスリルが一本につき金貨20枚×50で金貨1000枚。アダマンタイトが金貨50枚×50で金貨2500枚。オリハルコンが金貨90枚×30で金貨2700枚。
しめて、金貨6203枚でございますが、キリの良いところで金貨6200枚でお願い致します」
質屋の店主、特に孫にとってはとんでもない金額だ。
だが、目の前の少女は事も無げに金貨をテーブルに積みはじめている。
「思ったよりもお安かったわね」
「はい、主人様。
これはとてもお買い得でした」
希少金属がこれほどの量、鍛治職以外のところで流通しているのも珍しい。
おそらく資金繰りに困ったか、倒産してしまった鍛治職が質草にしたのだろうが、ジェラルディンにとっては幸運だった以外の何者でもない。
「はい、これで金貨6200枚。
確かめてくださいね」
「いえ、お嬢様が数えておられるのを見ておりました。
確かに金貨6200枚、ちょうだい致します」
頷いたジェラルディンは、今にもテーブルを壊しそうなインゴットから異空間収納に収めていく。
ラドヤードは床に積まれた分を拾い上げ、ジェラルディンに渡していた。
そして最後に、6つの箱を愛しそうに撫で、アイテムバッグに収納した。
「とても有意義な取り引きが出来て良かったわ。
どうもありがとう」
「いえ、こちらこそありがとうございました」
質屋の店主とその孫に見送られて外に出ると、夜空には星が瞬いている。
かなり遅い時間になったが、ジェラルディンは気分良く宿屋に向かっていた。
宿屋に戻る道すがら、飲み屋だけが賑わっている、もう深夜と言える時間帯に、宿屋のホールで1人だけ腰掛けてジェラルディンを待っていたのは、彼女専属の御者をしてくれているドゥワームだった。
「ルディンさん、おかえりなさい」
「ひょっとして待たせてしまった?
ごめんなさい、つい夢中になってしまって」
「いえ、伝言を頼むこともできたのですが、直接伝えた方が良いと思いまして。
実は、隊商の本隊は明日もこの町に留まる事になりました」
「まあ、どうしたの?」
「いくつか理由があるのですが……
ひとつは合流する予定の馬車が遅れているのと、この際だからと馬車の点検をしたら不具合が見つかったのです。
その修理に時間が取られています」
「そう……
では明日もゆっくりと町を回れるわね」
嬉しそうに微笑んだジェラルディンが年相応に見えた瞬間だった。




