211『萬年筆』
この、わけのわからないモヤモヤを発散させるため、ジェラルディンは気になったものすべてを買っていこうと思っていた。
宿屋を出て、市場のある通りに向かって歩いていく。
するとさっそく、重厚な面持ちの店が現れ、ジェラルディンは迷わず中に入っていく。
「……本屋?」
日差しの強い外から屋内に入ってみると、幾分薄暗く感じられる店内だが見にくいわけではない。
少し目が慣れてくると、雑多な室内が見えてきた。
それと同時に奥のカウンターに老人がひとり居るのに気づいた。
「あら、これは筆記具かしら?」
現在、筆記具の主流は羽根ペンである。
だがジェラルディンの目の前にあるものはペン先が金属製で、持ち歩きやすいように蓋ができるようになっている。
「おや、良いものに目を留められましたな。
そちらは、遠く離れた東の大陸で発明された【萬年筆】と言う品ですぞ」
そう言った老人は気づかないうちに、すぐ近くに来ていた。
「ほれ、こうして捻ると……上下に分かれましてな、こちら側に」
そう言って老人は、分かれたペン軸の下半分を指差した。
「インクを入れておけば、一々付けなくても書く事ができる優れものなのじゃ」
「それは凄い!」
ジェラルディンは瞳をキラキラと輝かせている。
「どうぞ、書きごごちを確かめてご覧なさい」
差し出された紙に、まずは直線を描き、そしてクルクルと曲線を描いた。
いくつか文字を書き、流れるように見事な筆蹟の筆記体で書くと、満足げに萬年筆を置いた。
「とても良いペンですわ。
こちらをいただきます」
「ではまずはインクの入れ方をお見せしましょう。
こちらにどうぞ」
奥のカウンターに誘われ、椅子を勧められた。
その間に老人は魔導具のランプを点け、あたりは一気に明るくなる。
「インクは特別なものでなくてもよいのです。
ただ、古くなって粘り気が出たものは詰まりの原因となるので使用しないで下さい」
ジェラルディンはしっかりと頷いた。
「インクを入れるのはこの器具を使います」
そう言って取り出したのはピペットである。
「なるほど、ピペットを使ってインクを継ぎ足すのですね。
私、調薬をするのでそれの扱いは慣れていますわ」
試しにやって見せて、すぐに合格をもらったジェラルディンは満足そうだ。
「それと、こちらの在庫はこれ一本だけですか?
もしあれば購入させていただきたいのですが」
老人の態度が一瞬尖って感じられた。
だがすぐに真顔になって無言のまま、奥に引っ込んでしまった。
ジェラルディンはラドヤードと顔を見合わせる。
「お待たせしましたな」
間なしに戻ってきた老人の手にはシンプルなデザインの小箱があった。
それが恭しく見えるほどていねいにカウンターに置かれ、蓋を開けて中に入っていた天鵞絨張りの箱を取り出した。
「これは、そちらの萬年筆と同じ時に手に入れたものだ。
正直、そこらの富裕層が買えるものじゃない。
まあ、見るだけならタダじゃからな」
蝶番で留められた片開きの蓋が開いたその中には、黒漆の中に象嵌で彩られた華が咲き誇っていた。
「なんて美しいの……」
うっとりと見つめていたジェラルディンの前で、パタリと蓋が閉められてしまう。
「お嬢さん、こちらはそうそう手に入れられるものじゃない」
ジェラルディンはムッとした。
「参考までに、おいくらですの?」
「金貨1000枚だ」
どうだと言わんばかりのぼったくり価格である。
老人がこの2本の萬年筆を手に入れた時の値は、半分にも満たない。
「こちらの方のお値段は?」
「金貨15枚じゃ」
「では、金貨1015枚ですのね」
ジェラルディンはにっこりと笑み、カウンターに金貨を積み上げ始めた。
「さあ、金貨1015枚、お改め下さいな」
老人はぐうの音も出ない。




