21『パン屋でお買い物』
ラダの停留所をあとにしたジェラルディンは、まずは宿屋に向かい部屋をとった。
そこで夕食の時間を教えられ、市場の場所を聞く。
まだ日も高く、ゆっくりと買い物が出来そうだ。
ラダの町にやって来た、乗り合い馬車から降り立った乗客たちの中に、周りの目を引く少女がいた。
真っ赤な巻き毛に鮮やかな緑の瞳、一見町娘の旅装に見えるがよく見れば高級な生地で作られたワンピース。
羽織ったローブは、内側を毛皮で裏打ちされていた。そしてその荷物の少なさから、斜めがけされた大振りのバッグはアイテムバッグだと予想される。
そんな少女はしばらく停留所で話し込んだあと、街中に入っていった。
ここ、ビュルシンク男爵領は面積的には広大な領地なのだが、その3分の2は手つかずの広大な森林地帯だ。
町はこの領都だけであとは小さな村がいくつか点在するばかり。
このラダから先は森林地帯を抜けて、次の侯爵領に入るまで人の住む場所はない。その間7日、すべて野営する事になる。
そして何よりこのラダの特徴は、町に入る審査が緩いところだ。
何しろ銀貨7枚を渡せばフリーパスに近い、身分証の提示すら求められない町だった。
それは今のジェラルディンにとってはとても都合がよく、遠慮なく買い物を楽しむ事が出来た。
まずはパン屋である。
もちろん自分で焼く事も出来るが、ここまで移動中は異空間収納に保存していたものを食べていた。まだまだ備蓄はあるが、他のパンも食べてみたい。
ジェラルディンはドアを開けて中に入った。
とたんにパンの香ばしい匂いが押し寄せてくる。
このパン屋は当たりだと、笑みを浮かべたジェラルディンは売り子の元に足を向けた。
「いらっしゃいませ」
「こんにちは。
旅の者なのですが、大口の買い物をお願いしたいのですがよろしいですか?」
売り子としては願ってもない話だ。
どうやらこの少女は多人数の隊商か冒険者の集団の関係者のようだと判断し、愛想笑いを見せた。
「こちらの都合もあるでしょうが、なるべくたくさんの種類をたくさん頂きたいのです。
どれだけなら売っていただけますか?」
ジェラルディンとしても店の中にあるものをすべてさらえてしまって良いとは思っていない。
だがパン屋側はそうも思っていなかったようだ。
奥の調理場で様子をうかがっていた店主と思われるパン職人が話しかけて来た。
「お嬢さん、どれほどの量ご入用かね?
今、この場にあるパンで足りなければ、これから焼いてもいいが?」
「え……そんなの可能ですか?」
庶民の間には、酵母で発酵させてから焼いた白パンは普及していない。
なので今から粉を捏ね始めても十分間に合うのだ。
「ああ、少し値は張るが玉子パンならすぐに焼けるし」
「では、お願いしようかしら」
このやり取りの間に、売り子は味見のために全種類の小さくカットしたものを用意していた。
ジェラルディンは勧められるままに口にし、次々と購入していく。
「これは特に美味しいわね」
いわゆる黒パンに、干しぶどうなどドライフルーツをたっぷりと入れて焼いたケーキ形のパン。
平民が普段に食べるには値の高いパンを5個、本当は3〜4日寝かした方が美味しいという。
そして殊更気に入ったのはプレーンなナンのようなパン。
これはどんな料理にも合いそうだ。
「あら、これはソーセージを乗せて焼いているの?」
いわゆる惣菜パンである。
「はい、でも日持ちしませんので」
「あら、大丈夫よ。
アイテムバッグに入れておけば、劣化しないもの」
移動中に食べる時など、サンドイッチや惣菜パンは非常に便利である。
ジェラルディンもパンに齧り付くということにすっかり慣れて、その食事のさまも不自然さがなくなってきていた。
「そこの蜂蜜やジャム、フィリングもいただくわ。
あら、何だかいい匂いがしてきたわね」
「お嬢さん、うちの自慢の揚げパンなんだ。ぜひ買っていってくんな」
細かく刻まれた野菜と肉がたっぷりと入ったシチューをパン生地で包み、油で揚げてある。
熱々をはふはふしながら味見したジェラルディンは、今揚げている分すべてを購入する事を告げた。
ジェラルディンが今回このパン屋で使った金額は金貨一枚と銀貨8枚。
パンの焼き上がりを待つ間に、市場の他の店を回る事にする。
小麦粉や米、キヌアまで手に入った。
野菜は主に根菜を、果物はりんごの質の良いものを大量に買うことが出来た。
チーズやソーセージなどの加工食品、バターも購入した。
この日、ジェラルディンは食品を買うということの楽しさに目覚めてしまったようだ。