205『初っ端のトラブル』
マンセを出発して順調に進んでいた馬車が突然止まった。
予定にない状況にドゥワームも戸惑っている。
彼はラドヤードに手綱を任せると、すぐに前方の父親の乗る馬車に向かって駆けていった。
「何かあったのかしら?」
ジェラルディンの探査に不審なものは掛かっていない。
魔獣でも盗賊団でもなければ、一体何だと言うのだろう。
隊商の中ほどにいるジェラルディンたちに情報が流れてくるのはしばし待たなければならない。
ドゥワームは戻ってきて、この間に馬に水を与えるようだ。
「主人様、旅立ってすぐにこれでは、先が思いやられますな」
「しょうがないわ。
郷に入れば郷に従えと言うでしょう?」
馬車の中で、ジェラルディンは優雅に紅茶を飲んでいる。
その扉を開けたまま、すぐ外にいるラドヤードと話していた。
「お待たせしました」
馬車に繋がれたまま水を与えられていた馬の側にいたドゥワームに、前の馬車からやってきた従者が何かを話しかけている。
そしてジェラルディンたちのもとにやってきたドゥワームから、やっと情報を得ることができた。
「隊商のかなり前方で、車輪が壊れた馬車が出たそうで、今その馬車を端に寄せて通そうとしているそうです。
もうすぐ進めそうですよ」
何と、出発したばかりなのに、もう馬車が破損したとは、整備不良なのかそれほど過酷なのか。
いずれにせよ無駄な時間を食ってしまったので、この後の行程に変更を来すだろう。
「ドゥワームさん、今のうちにこれ、食べておいて下さい。
ラドは走り出してからね」
どこからともなく現れたバスケットにはひと切れずつ紙に包まれたサンドイッチが詰まっている。
一緒に紅茶の入った水筒とともに、御者台に座ったドゥワームに渡された。
「【洗浄】
さあ、食べても大丈夫よ」
ドゥワームは、食事の前に手を清める為に魔法を使うなど初めて見て唖然とする。
野営地に着いたのは予定よりずいぶんと遅れて、とっぷりと日の暮れた夜闇の中だった。
すぐに馬の世話をするもの、野営の準備をするものに分かれて、夕食は携帯食になるようだ。
「お嬢様、お嬢様の寝床は馬車の中に調えますので、しばらくお待ちを」
「いいえ、私にはこれがあるから大丈夫よ」
そう言ったジェラルディンが出したのは、見たこともない円形のテント?だ。
「これはゲルと言うの。
真冬でも大丈夫な、丈夫なテントのようなものよ。
馬の世話が終わったらいらっしゃい。
夕食の用意をしておくわ」
ドゥワームだけではない。
周りにいる商人や護衛たちが、見慣れぬ円形のテント?に、指をさしている。
ジェラルディンはさっさと中に入り、テーブルと椅子を出してその上に料理を並べていく。
今夜はスープ以外は大皿に盛ったバイキング形式、スープはあっさりとコンソメ風味のオニオンスープだ。
「今夜のメインはミートボールのトマト煮、アスパラガスのバター焼きと完熟トマトのサラダ、ロールパン、スープ。
どう?ラド」
「俺的にはポテトサラダが欲しいです」
「では、野菜たっぷりのポテトサラダね」
玉ねぎの極薄切りときゅうり、コーン人参などが入ったポテトサラダ。
塩胡椒とたっぷりのマヨネーズで和えられたそれに、ラドヤードはすでに目を奪われている。
「ラドは本当にポテトサラダが好きねぇ。
うちの料理長も色々研究しているようだけど」
そこにおずおずと顔を出したドゥワームは、今度は完全に凍りついてしまった。




