20『怪我の手当てとラダ』
「傷はまず洗う事。
本当は今回のように回復薬で洗えれば一番いいのだけど、最悪綺麗な水でもいいの。
傷に着いた土やゴミなんかを洗い流す事でずいぶんと違うのよ」
フォレストドリルとの激闘が終わり、ビーデイともう一人酷く引っ掻かれた青年ダンテの治療が行われている間に、他の二人は討伐証明の左耳と魔石を取り出していた。
本来なら冬毛の毛皮は高く売れるのだが、今回は傷が多すぎる。
多少ましな数頭をアイテムバッグに収めていた。
「あなたたちは冒険者なのでしょう?
それなら最低でも回復薬を5本、傷を洗うために聖水か、沸騰させて冷ました湯冷ましを持っているべきね。
それと緊急用のポーションも一本くらいは常備しておいた方が良いわよ?」
「でも、俺ら」
「でも、じゃないの!
あなたたちみたいな下級から中級に上ったくらいの冒険者が一番危ないのよ。それほど資金に余裕があるわけではないのに、依頼はレベルの高いものを選びがちになる。そうすると自然と怪我が増えて……冒険者を続けられなくなったり、命を失ったりするの。
今回、痛い目にあってわかったでしょう?せめて回復薬は用意するのね」
ここまで言われたら頷くしかない。
リーダーのホブケンがフォレストドリルの骸を片付けて近づいてきた事で、話は終わるはずだった。
「あなたも!あなたたちも傷を洗いなさい。そのあとは傷薬だけで大丈夫です」
とても15才の少女とは思えない迫力に、冒険者はたじたじとなる。
深夜であったが、血の臭いに他の魔獣が集まってくることを危惧して、乗り合い馬車の御者はすぐに移動することを決意した。
真夜中の移動は危険を伴うが、今は一刻も早くこの場を離れるべきだろう。
魔導ランプをひさしに吊るし、並足で駆け出した2頭の馬は疲れているだろうに、何かに追われているように走り続けた。
「ご迷惑をおかけしました」
乗客たちが馬車から降りるのを、頭を下げて送る御者。
最後に降りてきたジェラルディンは御者の前に立ち止まり、そっとその厳つい手を握った。
あの、フォレストドリルの襲撃のあった夜から3日。
夜中に無理して駆けた馬を休ませるため、予定していなかった小さな村に一泊したため1日遅れの到着だった。
ビュルシンク男爵領、領都ラダ。
ここでこの乗り合い馬車とはお別れだ。
今回、この御者には非常に世話になった。
あの襲撃時に薬師だと思わせた弊害として、同じ乗客の3人が必要以上に距離を狭めてきたのだ。
それに気づいた御者は、それとなくジェラルディンを庇ってくれた。
夜などは自分が寝る、貴重品を入れておく部屋に招き入れてくれたりした。
「こちらこそ、お世話になりました」
「お嬢ちゃんはこの後も乗り合い馬車の旅を続けるんだな?
俺が話を通しておくから、夕方にでも一度停留所の事務所に来てくれるか?」
「本当ですか? ありがとうございます」
「いや、この町から出る乗り合い馬車は全部うちの商会のものだからな。
御者はみんな知り合いだし、お嬢ちゃんの事頼んでおくから」
「ありがとうございます」
停留所の事務員は気持ちの良いものたちだった。
明日の朝出発の、次の貴族領まで運行されている乗り合い馬車の予約をして、その馬車の御者にも紹介された。
薬師だと知られてしまったため、成り行きで回復薬と薬をいく種類か卸すことになってしまったが問題ない。
かえって相場がわかって助かった。
そして朝、停留所に集まった乗客と御者は護衛の冒険者たちを見て、呆れ果てることになる。