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2『王族の魔法』

 ジェラルディンの母アルテミシアは膨大な持参金と年ごとに下賜される化粧料、そして王領であった領地を持ってバラデュール侯爵家に降嫁してきた。

 父王と当時王太子だった現国王から溺愛されていた彼女は、新築の侯爵邸とともに嫁いできたのだ。

 だが、アルテミシア王女は決して愚かな姫ではない。

 婚礼前から独自に情報を集めて、例の恋人を愛人として囲っている事をちゃんと把握していた。


 婚礼は挙げたが冷え切った夫婦生活は、アルテミシアが早々に妊娠した事で、実質終わりを告げた。

 侯爵が本邸に赴いたのはジェラルディンが生まれたその時のみ。

 そのあとは十数年間、アルテミシアが亡くなるまで寄りつきもしなかったのだ。

 聡いアルテミシアは自分と娘の為に最大限の努力をした。

 兄国王と連絡を重ね、侯爵の不在が10年を過ぎた時、侯爵邸のすべてをアルテミシア名義に変えた。

 その前から侯爵は、侯爵とは名ばかりで愛人と共に別宅で生活し、所領も顧みず代官に任せきりであったのだ。

 これにはさすがに宰相をはじめとした重鎮たちも苦々しく思っており、再三の警告を無視し続けた事を重く見て、かなり異例の事ながら『本人の失踪』という例を当てはめて処理された。

 本人にはちゃんと報告されているが、理解しているかどうかは定かではない。


 アルテミシアは同時に娘ジェラルディンの教育に心を傾けた。

 王家の姫であるアルテミシアは一部の王族に伝わる秘術【影魔法】を、その素質を受け継いだジェラルディンに教え込んだ。

 そして少しずつだがジェラルディンの【影魔法】を補助しつつ、自分が早逝したときに備えていったのだ。


【影魔法】それは王族の一部のものにしか現れない、祖先である『御使いの方々』から引き継がれた魔法である。

 特別なその魔法は、現在は国王と第2王子、そしてジェラルディンしか使えるものがおらず、彼らは例外なく黒髪、黒瞳をしていた。

 なお、代々の国王はすべて黒髪、黒瞳である。

 それならばなぜ今代の王太子は黒髪ではないのか……

 その事を考えれば、ジェラルディンとの婚約の意味は自ずからわかるはずであった。


 アルテミシアは1年前に、突然の病でこの世を去ったが、彼女の死は未だに暗殺ではないかと囁き続けられている。それは、貴族の服喪期間が最低3ヶ月であるにもかかわらず、侯爵の再婚があまりにも早かった事も、噂に火に油を注いだ形となった。

 そんな中、侯爵邸にやってきた父侯爵の愛人改め継母と異母妹とはなるべく接触しないように過ごしていたのだが、あちらはそれも気に入らなかったようだ。

 ジェラルディンの特権のすべてが王太子の婚約者であることから発生していると勘違いした継母が、侯爵に婚約者を自分の娘にすげ替えることを懇願し、アデレイドが王太子を籠絡することを条件に了承したのだ。


「何もわかっていない、馬鹿な人たち。

 私はさっさと退場させていただくわ」


【影魔法】の他に【空間魔法】【生活魔法】を操るジェラルディンは、母アルテミシアから十分な遺産を受け継いでいる。領地は王家に委託するしかないだろう。

 落ち着いたら改めて文をしたためるしかなさそうだ。


「お嬢様、本当に行かれるのですか?」


 涙をいっぱい溜めた、ジェラルディン付きの侍女タリアが縋り付く。


「これからこの家も大変だと思うけど、大丈夫。

 ちゃんと推薦状を書いておいたからね」


 家具も装飾もすべてが取り払われた、ガランとした部屋で、地味な旅装束に身を包んだジェラルディンが、タリアとバートリを前に微笑む。


「バートリは、明日にでも王宮に行って、今日の事を報告して下さい。

 タリアは……どこかに身を隠した方がいいかもしれない。

 バートリ、お願いできるかしら」


「承知致しました」


「……ではまた、会う事もあるでしょう」


 がらんどうな部屋のなか、蝋燭に照らされた影の中に吸い込まれるように、ジェラルディンは姿を消した。


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