19『迎撃!フォレストドリル』
フォレストドリルとは所謂狒々である。
通常彼らは20〜30頭の集団で生活することが多いが、今回の群れはその倍にまで肥大している。
このことが凶暴化した理由なのかもしれないが、これは本来とても危険な状況だ。
そんな中、ジェラルディンは迷っていた。
このまま彼らを見捨てて影の中に潜ってしまい、この場を離れるのが最善だとわかっているのだが、この馬車に乗るためにマグナスで宿屋の男性の手を煩わせている。
この一行が全滅して、ジェラルディンが居なくなっていたら彼が疑問を持つだろう。
次に自分がフォレストドリルの討伐に手を貸した時の事を考えてみる。
それは一発で魔法士だということが発覚してしまう訳で、貴族だと言っているようなものだ。
そしてそのあとは厄介な事が起きてしまう……これは、少なくとも今は避けたい。
そうこうしているうちにフォレストドリルたちに囲まれたようだ。
ジェラルディンは冒険者たちの腕前に一縷の望みをかけて見守ることにした。
彼らが自身の力でフォレストドリルを撃退すれば、ジェラルディンが手を出す必要はない。
やはり冒険者4人では、60頭のフォレストドリルを相手にするには絶対的に戦力不足だった。
今はフォレストドリルの方が様子を見ながら襲ってきているが、仲間が何頭も倒されたりしたら一気に襲いかかってくるだろう。
「あの! 私、薬師なのです。
冒険者さんたちの怪我が心配なので、少し外を見てきます」
「俺もいく!」
「俺もだ!」
乗客のうち、比較的若い部類に入る2人が声を上げた。
「駄目です!
私は自分の身を守るすべを持ってますが、他人を守ることは出来ません。
冒険者さんたちは言わずもがな、もしもあなたたちを庇おうとすると、一気に均衡が崩れます」
押され気味の冒険者たちがフォレストドリルに押し切られたりしたら。
一気に襲いかかられて全滅は必至であろう。
男たちが黙り込んだ瞬間、そっと馬車から出たジェラルディンは、鑑定で目星をつけていた後方の群れに向かって呟いた。
「対象補足、位置確定……収納」
そうやって何ヶ所かフォレストドリルを間引いていくと、ちょうど20頭ほどになった。
これなら何とか冒険者4人で討伐する事ができるだろう。
このあとは薬師としてそれらしく回復薬を使用して、怪我の手当てをすればいい。
ジェラルディンはこうして危機を乗り切った。
冒険者たちにとってフォレストドリルは厄介な敵だった。
次々と現れ襲いかかってくるフォレストドリルに斬りつけ、蹴飛ばす。
4人の息が上がるその中で、フォレストドリルたちは無限に湧いて出てくるようだった。
そんな中、パーティーの中でも若手の1人が、相手の爪に腕の肉を抉られてしまう。
痛みに棒立ちとなった彼の脚に、フォレストドリルの犬歯が食い込んだ。
「うぁーーっ!」
咄嗟に、若手の彼ビーデイに食らいついたフォレストドリルに斬りつけ、間に入ったリーダーのホブケンは、ビーデイの傷の深さに顔を顰める。
そこに、聞こえるはずのない少女の声がして液体を浴びせられた。
「ここは私が診ます。
皆さんは猿たちを始末してしまって下さい」
鮮やかな赤毛が月の光の中に浮き上がった。
馬車に乗っているはずのルディが、回復薬の瓶を渡して飲むように言うと、また傷口に直接振りかけている。
「おい、何するんだよ!もったいないだろうが!」
回復薬を直接患部にかけることは、軍隊では普通に行われていた。
だがそれは民間には伝わっておらず、それに加えて高価な回復薬を、飲む以外に使用するなど思いつかなかったのだ。
「こうすれば治りが早くなるんです。
特に犬歯で噛まれた傷は化膿しやすいので、こうしないと重症化します」
3本目の回復薬をかけられたあと、目に見えて効果が見えてきた。
まず痛みが薄らいできた。
そして陥没していた傷痕が盛り上がって来ている。
「これでこの傷は心配ないです。
あとは自然治癒で問題無いですよ。
次はこの腕の引っ掻き傷ですね」
もう合計5本以上の回復薬を使っている。
まだこれ以上使うのかと、ビーデイは顔色を悪くした。
「心配しなくても、このお会計は頂きませんよ」
これは、フォレストドリルを間引いたジェラルディンの行動をカモフラージュする、デモンストレーションなのだ。