186『訪ねてきた男』
「主人様」
ラドヤードに腰をしっかり掴まれ、ぶらんと持ち上げられた。
「ふ、不覚」
足をバタバタさせようが何をしようが逃れられない。
そして無表情なラドヤードが不気味だ。
「俺、言ってませんでしたっけ。
後方から動かないで下さいって」
「ええ、前には行ってないわ」
「で? どこに行ってたんですか?」
ジェラルディンはツイと視線を外らせた。
「主人様?」
ガクガクと揺さぶられ、ジェラルディンは観念して口を開いた。
「探査で他の魔獣を察知したから、ちょっと抜け出して始末してきただけ」
ラドヤードの眉間に深い皺が刻まれる。そして言った。
「俺は今日ほど、自分の不甲斐なさが情けない日はない。
……主人を守るはずの護衛が、緊急招集のためとはいえ側を離れて、あまつさえその主人を止められないなんて」
ジェラルディンの腰を掴む手が震えている。
その手にそっと触れると、唇を噛み締めているラドヤードに真摯に向き合った。
「ラド、ごめんなさい。
私、少しはしゃぎすぎたかもしれないわ」
「そうですね」
直接責められないことが余計に良心に突き刺さる。
そしてお互いにこのあたりで納めるのがベターだと思った。
「ギルドマスターから明日ギルドに来るように言われたけど、何かしら」
解散直後、ジェラルディンだけ声をかけられた。
「おそらく今回使ったポーションの清算でしょう。
渡した空瓶の確認をしていたでしょう?」
なるほどと納得して、夕食のために階下に降りていく。
そしていつ見ても外とは別世界のような高級旅館のレストランやホールを見て、今日体験してきた討伐との落差に身を震わせる。
「ルディン嬢、ようこそ。
今日はお呼び立てして申し訳ない」
昨日の今日なのに元気そうなメッシーニは当然のように椅子を勧めてきた。
ジェラルディンもそれに関して否やはないのだが、先に訪れていた人物が気になって仕方がない。
彼はジェラルディンの入室時から立ち上がり、今は彼女から目を離そうとしない。
「ルディン嬢、紹介させていただきます。
こちらはアリスティン・グズネツ殿。
今回トロール討伐に派遣されてきた、騎士であり士族である方です」
「士族?」
聞いたことのない階級だ。
「ルディンです。
こちらは私の護衛、ラドヤードです」
話が見えてこないが、とりあえず自己紹介した。
だが、こうして自己紹介する意義があるのかよくわからない。
ジェラルディンは、このまったく見覚えのない男に戸惑いを覚えていた。
「ルディン嬢、私の顔に見覚えはありませんか?」
「ええ、まったく」
あっさりと言い切ったジェラルディンに、騎士改めアリスティンは苦笑いしながら近づいてきた。
そしてジェラルディンの足元に跪き、ローブの裾に口づける。
「昨日、あなたに命を助けていただいた騎士です。
あの後お目にかかれなかったので、こうして参りました」
綺羅綺羅しい騎士服に身を包んだ、あの時は血まみれでわからなかった髪色は金髪で、硬く瞑られていた目の色は空色の男だ。
見るからに王子様然とした騎士殿、アリスティンは、ジェラルディンの最も苦手とするタイプである。
「ぜひ、お礼がしたいのです。
まずは夕餐などいかがでしょうか」
鬱陶しい以外の何ものでもない。




