182『救護テント』
トロールの持つ棍棒に弾き飛ばされ、下肢を粉砕骨折した兵士(歩兵)が野戦用の簡易寝台に横たわっていた。
痛み止めの薬は与えられているが効いている気はしない。
苦痛に呻く兵士はその側に何者かが立ったのにも気づくことがなかった。
ドボドボと液体をかけられ、痛みの中に濡れた感触が広がる。
だがそれは一瞬のことで、濡れた感触とともに痛みが引いていき、きつく瞑っていた目を開けて見たその場にいた少女を見て驚愕した。
「意識があるならこれを飲んで」
兵士は渡された瓶を見つめて呆けている。
「もう起き上がれるはずよ。
早く飲みなさい」
訪れるだろう痛みを思い、おっかなびっくり腕の筋肉を使って上体を起こした彼は、自分の体に起きた不思議に呆然としている。
そしてジェラルディンはと言えば、3本目のポーションを膝から下にかけた。
「どう? もう痛みはないでしょう?」
ポーションを飲んだ兵士は恐る恐る寝台の端に座り、ゆっくりと立ち上がった。
「おお……痛くない。動くし歩ける」
「そうよ。だからこの後、ちょっと手伝ってちょうだい」
兵士は、自分の妹よりもずっと年下に見える少女ジェラルディンの言うがままだ。
救護所とは名ばかりの怪我人が打ち捨てられたテントに、自身の怪我に絶望していた兵士たちの驚愕と喜びの声が溢れていた。
「じゃあその人にはこれを飲ませてあげて」
意識のない患者には介添えをしないとポーションを飲ませられない。
ジェラルディンは怪我の状態を見ながら患部にポーションをかけていく。
「ラドはもう集合場所に行っていいのよ?」
「馬鹿な事を言わないで下さい。
俺は主人様の護衛なんですよ。
この場を離れるはずがないでしょう?」
「ええ、それでもね」
はっきり言って窮屈なのである。
人ひとりがギリギリ通れる通路に2mを優に超える巨漢のラドヤードが仁王立ちしているのだ。
治療を手伝うでもなく睨みを利かすラドヤードは鬱陶しい。
ジェラルディンの “ 治療 ”が数人に及ぶと、さすがにその騒ぎに気づいたギルドマスターがテントにやってきた。
そして彼はそこで、奇跡を目にすることになる。
テントの入り口から入って手前から順に治療し、ある程度奥にきたところでジェラルディンは騎士服を着た男が横たわっているのに気づいた。
「これは酷いわ」
一目見ただけでわかる、よくこれで生きていると思われる状態。
左脚は千切れかけ、腹部は破れて臓物がはみ出している。
包帯で隠れているが頭蓋骨も陥没していた。
これで生きている方がおかしいほどの重傷だ。
ジェラルディンは躊躇なく上級ポーションを取り出し、まずは頭の包帯の上から少しずつかけていく。
一息置いて次は腹部だ。
もう包帯すら巻かず、治療を放棄した状態の騎士にジェラルディンは、惜しげも無くポーションを振りかけた。
「従軍医か、衛生兵はいないの?」
ジェラルディンの問いかけに答えるものはいない。
先ほどまで患者であった兵士たちも同じだ。彼らも医療従事者を見た覚えがないのだ。
「しょうがないわね」
ジェラルディンは自身に【洗浄】の魔法をかけ、頭の包帯を外し始めた。




