18『乗り合い馬車』
昨日のうちに予約を入れていた乗り合い馬車……事情を話すと、例の受付の男性が手配してくれた、の元に行くとすでに乗客が集まってきていた。
「お嬢ちゃんがルディちゃんかい?
話は聞いているよ。
これから向かうビュルシンク男爵領の領都ラダまで2泊3日で料金は金貨一枚と銀貨8枚だ。
ちょっと高いと思うかもしれないが、野営の設置代として勘弁してくんな」
「問題ありませんよ。
3日間よろしくお願いします」
ジェラルディンは金貨一枚と銀貨8枚を釣り銭なしにきっちり渡した。
そして言われた通り御者席に近い前の席に座る。
そこで、宿で淹れてもらった紅茶の入った、魔道具の水筒を取り出し熱いままの紅茶を口にした。
ジェラルディンは初めての馬車の旅に興奮を隠せないでいた。
御者のサルマンは、もう馬車の中で座っている毛色の変わった娘をちらりと見て、こちらに向かってくる客に視線を移した。
昨日、久しぶりに姿を見せた【白銀の小枝亭】の副支配人から予約を受けた客。
副支配人自ら申し入れにきた客は、年端もいかぬ少女だった。
だがこの御者や宿屋の副支配人くらいになると、その見た目だけで人物を見分ける事が出来る。
“ 貴族だ ”
御者は内心では冷や汗ものだったが、どうにか普通に対応できたと思う。
願わくば、気に入らない事があっても魔法で制裁されないように祈るしかない。
などと考えていたのは杞憂だった。
にこやかで愛想よく、空気を読む。
出発時刻までにやって来た3人の客と護衛の冒険者4人と共に乗り合い馬車の旅が始まった。
見るもの聞くもの、匂いすらすべて珍しい旅に、ジェラルディンは夢中だった。それに加えて話し相手をしてくれている護衛の冒険者の話が面白い。
そんな話の中で、今夜は領地の境を越えた野営地で一夜を過ごすと聞いた。
ジェラルディンにとって、こういった野営も初めてである。
今夜は隠れ家に帰らずに野営を楽しもうと思って微笑んだ。
「食事は基本的に自己責任なんだ」
毎食、各自が用意したものを食べる。
ただ自主的に譲り合うのはアリだ。
昼食は走りながらの馬車の中であったのと、慣れない雰囲気だったので皆、個人個人で食べていたが、野営地の焚き火の周りでは持ち寄ったものを並べていた。
この季節、日が沈むと寒さが厳しくなる。野営地では皆が焚き火に近づき、暖を取っていた。
「あの……これ、召し上がります?」
やけに品の良い少女がアイテムバッグから取り出したのは、大型の寸胴鍋である。蓋を開けるとまだ煮立っているシチューが現れた。
「寒いので、暖まるクリームシチューです」
兎肉がたっぷりと入ったクリームシチューは皆に好評だった。
「これ美味い」
冒険者の中で一番年の若いセルジュが一声叫ぶと、あとは一気にシチューをかき込む。
ジェラルディンとしては有り得ない作法だが、平民はこんなものかと納得する。
そうこうするうち、賑やかな夕食が始まった。
酒もないのに盛り上がる男たちを尻目に、ジェラルディンはこの場に近づく何ものかを捉えていた。
「何か近づいてきます。
多分……あと一刻くらいで到着するでしょう」
ジェラルディンは隣に腰を下ろしていた冒険者の袖口を引き、耳元で囁く。
「……っ! おまえ」
「静かに。このまま食事を終えてしまいましょう。それから乗客はすべて馬車の中に。
数によっては私も手助け致します」
どこをどう見ても戦闘職には見えない、武器さえも持っていない少女に言われて、はい、そうですかと言えるはずもない。
「いや、お嬢ちゃんも馬車の中に居てくれ」
「……わかりました。
でも場合によっては加勢させていただきますよ」
乗客には知らせず、それとなく誘導して食事を終えさせ馬車の中に寝床を用意する。
その頃には冒険者たちも気配を感じ始め、ジェラルディンはこれがフォレストドリルの群れ60頭余りだと判断した。
「やっぱり4人だけでは無理でしょう」
フォレストドリルは体長2mほどの猿である。この猿は雑食で肉も食う。
奴らはこの一行を餌認定しているのかもしれない。