172『寒波再び』
夕食が終わり、ジェラルディンたちは部屋に引きあげていった。
「何か冷えるわね」
暖炉には2人が食事中に火がくべられ、今は赤々と燃え盛っている。
だが、それでもだ。
「主人様、風邪をひいたのではないでしょうね?」
そう言いながらも少し訝しげだ。
「そんな事ないわ。
さっきだって、向こうで健康チェックを……
何っ!!」
感覚の鋭いジェラルディンが、キンと耳鳴りがした。
ラドヤードも耳を押さえる。
この症状は急に気圧が下がったことによるものだが、このことにジェラルディンは強く不安になる。
そして “ それ ”は一気にやってきた。
「まさか!?
こんな南にまで下がってきたと言うの?」
少し冷え込む程度だったうららかな春の夜は、一気に気温が下がって真冬に、いや今まで体験したことのないような寒気に襲われ、芽吹き始めていた蕾などが瞬時に凍りついていく。
運悪く酒場などからの帰りでそぞろ歩いていた酔っ払いが、一瞬で凍りつき倒れ臥していった。
「ラド! 早く下に行って女将らに警告を!
それと戸締りを見てちょうだい!」
「了解!」
ラドヤードは廊下に出ると大股で一気に階段を駆け下りた。
そこにはまだ何も知らない、調理担当の主人と女将が厨房に、先ほどジェラルディンたちが食事を摂った食堂に旅人と商人の4人が酒を飲み友好を深めている。そしてカウンターにあと2人地元民がエールを飲みながら盛り上がっていた。
そこにラドヤードが駆け下りてきて、怒鳴った。
「おい!大変だ!
主人、女将、ちょっとこっちに来てくれ」
ラドヤードのただならぬ様子におっかなびっくり厨房から出てきた2人。
そんな様子を、気分良く飲んでいたのを邪魔された6人が軽く睨んでいる。
「あんたたち、先日クメルカナイ付近で起きたことを知っているか?」
女将たちを含め全員がかぶりを振る。
「主人と俺はここに来るまでクメルカナイに居たんだが、ある日ダンジョンから出てくるともう春だと言うのに真冬以上の寒気が襲っていて、かなりの人数が凍死していたんだ。
……それと同じようなものが、今ここにもやってきている」
ラドヤードは掻い摘んで説明したが、女将は小さな悲鳴をあげ、地元民の2人が慌てて扉に向かおうとした。
「ダメだ!!
扉を開けたら寒気が入り込んでくる。
ここにいる全員が凍死するぞ!」
ピタリと立ち止まった男と、立ち上がって彼を止めようとする旅人。
酔いも一気に冷めた客たちが一斉にラドヤードを見つめていた。
「信じられないようでしたら、ガラス窓から覗いて見たらいかがかしら。
でも、絶対に外に出ないでくださいね」
ゆったりと階段を降りてきたジェラルディンに皆の視線が集まる。
「うちにはガラス窓はない」
主人が平然とそう言った。
このような辺境では、ガラスはまだ貴重品のようだ。
「では明日の朝まで私の言うことを聞いてもらうしかないですわね。
死にたくなければ」
ジェラルディンの真剣な表情に地元民は黙り込んだ。
宿泊客は言わずもがなである。
「薪はどうなってる?
今夜はガンガン燃やさなきゃ凍死するぞ」
さりげなくジェラルディンの元に近づいたラドヤードが宿の主人と女将に囁いた。
元々寝るまでの暖をとるために入れた暖炉の火だ。
今燃やしている薪が燃え尽きたあとは、その余熱で朝まで保つはずだった。
「今、屋内にある薪はそれほどない」
「それならあるだけの薪を集めて、最悪みんなで一部屋にこもり、やり過ごすしかないわね」
ジェラルディンに目配せされたラドヤードが一目散に階段を上っていった。




