171『【若草の草原】』
「アーサー、マーサ、お客を連れて来たぞ!」
【若草の草原】と書かれた扉を開けるとカランカランとドアベルが鳴り、カウンターの奥から中年の女性が現れた。
「いらっしゃい。食事かい?泊まりかい?」
「宿泊を、とりあえず2日お願いします。
彼は私の護衛兼従者なので同室でお願いします」
ラドヤードに視線を向けていた女将マーサはずいぶん下から聞こえてきた声に思わずそれを発したものを探してしまった。
すると、カウンターから頭が出ないほどの身長の少女がこちらを見上げている。
「こんにちは。
それでおいくらになりますか?」
「一人一晩銀貨8枚のお部屋はいかがですか?
うちでは一番良いお部屋なのですが」
「ではそちらでお願いします。
金貨3枚と銀貨2枚でいいかしら?
何か追加料金が発生しますか?」
「朝食と夕食は宿賃に含まれています。昼食を準備する場合は銅貨50枚です。お風呂は銅貨80枚で準備させていただきます」
ジェラルディンを見た女将は話し方を改めた。
こんな田舎の町だが、泊まりに来る貴族もいないわけではないのだ。
そして貴族という連中の特殊性も、身に染みて体験してきていた。
「そう、ではよろしくお願いしますね」
ジェラルディンの小振りな手がカウンターに金貨3枚と銀貨2枚を差し出した。
「じゃあお嬢さんと護衛さん、今夜はゆっくりと長旅の疲れを癒してくれ。
マーサ、またな」
親切な兵士が出ていき、女将が鍵を持って2階へと誘う。
そして案内された部屋は可もなく不可もなくといったところか。
「案内をありがとう。
夕食まで少し休ませてもらうわ」
この部屋は、主人と従者がともに泊まるようになっているのか、ほかの部屋の倍ほどの広さがある。
扉の近くにあるクローゼットには従者用の折りたたみベッドが収納されていた。
「場所柄とお値段の割にはそこそこではないかしら。
華美ではないけれど、このソファーセットの質は良いわ」
だぶだぶのローブを脱ぎ去って部屋の隅々まで目を通していく。
「お部屋にご不浄と洗面があって、お部屋はゆっくりと過ごせそう。
このお宿は○ね」
その後、侯爵邸に転移したジェラルディンは身を清め、部屋着に着替えて戻ってきた。
次は夕食である。
先ほど女将に告げられた時間に、階下に降りていくとすでに客が二組、席に着いていた。
その一組は旅人のようだ。男の二人組で明日乗車する乗り合い馬事の時刻の話をしている。
もう一組は商人のようだ。そして彼らも旅をしながら売買する、行商のような仕事をしているらしい。
ジェラルディンたちは二組と軽く挨拶すると席に着く。
料理はお任せのようだ。
「お嬢さん、おまたせしました」
たっぷりの肉と根菜の煮物が大皿でドンと置かれる。
「そちらの兄さんがたくさん食べそうなので大盛りにさせてもらいましたよ。お嬢さんはこちらをどうぞ」
ジェラルディンには品良く盛り付けられた皿がサーブされる。
一緒に持ってこられたのは、蒸し煮された温野菜のサラダだ。
あとたっぷりのマッシュポテト。
ショートパスタのグラタンもある。
「飲み物はどうなさいます?」
「彼にはぶどう酒を、私には果実水をお願いします」
どうやらここの主食は芋のようだ。
ラドヤードが凄い勢いで食している。




