166『いけ好かないギルドマスター』
「それと51階層から先の情報ですが、俺もこんな事は初めてだったんですが……下の階層に続く階段の周りに人型魔獣の集落があったのです。
それもひとつだけでなく周囲にいくつも」
「そんなのは聞いた事もない」
バルタンの表情は厳しい。
「それが今回、攻略に時間がかかった原因のひとつです。
あとは階層がべらぼうに広い事ですね」
クメルカナイダンジョンはこの短い間に急激にその到達階層を進め、今またそれを更新した。
それも新しい情報付きだ。
バルタンは嬉々としてメモを取り、他に何か感じた事はないか聞き取っていたところ、にわかに奥が騒がしくなり、彼が現れた。
冒険者ギルドクメルカナイ支部のギルドマスター。
ジェラルディンにはこの男に対して、あまり良い印象はない。
例の【死の舞踏】と強引に橋渡ししようとした事を忘れたわけではないのだ。
「ルディンさん、最深到達階層更新おめでとう。
おっと、その前に無事に帰ってこれてよかったです。
それと……確か一緒に潜ったと聞いている【死の舞踏】の連中はどうしているんでしょうか?」
彼の、ジェラルディンを見つめる視線は粘ついた嫌なものだ。
長袖の下の腕が鳥肌立って不快感が増していく。
「私もこちらで初めて知ったのですが、戻ってきていないそうですね」
「ええ、彼らがあなたたちと一緒にダンジョンに潜っていったのは把握しています」
「ではダンジョンの入口で散々揉めて、誓約書を交わして20階層のボス戦まで付き合う事になったのもご存知なのですね?」
ジェラルディンは例の誓約書を指差して見せた。
ギルドマスターはその存在を知っていたかのようにちらりと視線を移す。
その仕草にも嫌悪感しかない。
彼は何かとジェラルディンに横槍を入れてくる、そんな人物なのだ。
そして……【死の舞踏】の真実を知っているジェラルディンは、このギルドマスターのことも疑っていた。
「まあ……はい。
それで彼らは今、どこにいるのでしょうか?」
「さあ?
確かに約束通り20階層のボス戦まではお付き合いしましたわ。
でもそのあとはお別れしましたの。
ただ……」
そこでラドヤードが引き継いだ。
これはジェラルディンの能力を隠す為だ。
「俺は24階層まで追ってきているのを感じていた。
その後は俺たちと階層が違ってしまったのでロストしたが……
諦めて帰ったと思っていたんだがな」
21階層から先は19階層までとは魔獣の強さがまったく違う。
それを説明したが、納得いかないようだ。
「あんたたちが見捨てたんじゃないのか?」
プチリと、ジェラルディンの中で何かが切れた。
おもむろに立ち上がったジェラルディンはそのまま踵を返し、扉に向かう。
自然な仕草で後を追ったラドヤードも最後に殺気のこもった視線を向けて、冒険者ギルドから出て行った。
この後、冒険者ギルドでジェラルディンたちを見たものはいない。
【英雄の帰還】に戻ったジェラルディンたちは支配人にチェックアウトすることを伝え、引き留められるもこの宿を後にした。
そしてその足でクメルカナイの中央内門からいくつかの門を通り、中央外門に到着した。
「お嬢さん、ここに何の用かね?」
「もちろん通していただくつもりよ」
門を警備していた最低限の数の憲兵たちが一斉に目を剥いた。
「馬鹿なことを言っちゃいけない。
そもそも、今どんな状況なのかわかっているのか?
ただでさえ冬なのに、こんな時に外に出たら凍っちまうぞ!」
「大丈夫です。
すべて自己責任ですわ。
なので、通して下さいませ」
ジェラルディンの魔力の威圧が憲兵たちに向けられた。




