16『断罪の行方』
アルバートが父王によって批難されている間に、バラデュールには大公から説明という真実が突きつけられ、糾弾されていた。
「おまえは未だバラデュールを名乗っているが、もう既にその地位にはない。これは御前会議で、宰相殿を始め政の重鎮すべての了解を得て決まった事である。
当時、そちらの言い分を聞くため、何度も使者を送っていたのだが、それも知らぬと言い張るのか?」
確かに、当時愛人であった現在の妻とアデレイドの3人で暮らしていた別邸には王宮から何度も使者がやって来ていた。それを無視したのはバラデュール本人である。
「おまえは十数年前から別宅で暮し、領地の管理も代官任せで足を運ぶ事もなく、バラデュール侯爵家の金で遊び暮らしていた。
その間の領地の経営は誰がやっていたのかわかっているのか?」
「それは……代官が」
「代官は代理に過ぎぬ。
領地経営はすべてアルテミシア様の差配で行われてきた。
これが10年続き、おまえに送った使者は再三にわたって無視されて、国としては実質領地経営をしていたアルテミシア様に侯爵位を譲渡するしかなかったのだ。
すべては身から出た錆、先ほど陛下が仰ったように、すぐに侯爵邸から出て行くように。
此度の失態で、おまえからは貴族位も剥奪されるだろう。
それから、バラデュール侯爵家の財産はすべて凍結されている。
金貨一枚持ち出す事は出来ぬゆえ、もしも侯爵家の財産を持ち出す事になれば、おまえも処刑される」
「そんな、無茶苦茶だ!」
「ならここで処刑されたいか?
おまえの、長年にわたるアルテミシア様とジェラルディン様に対する無礼な所業だけで処刑に値すると思うがな」
ひい、と跪いたまま後退ったバラデュールの股間に見る見るシミが広がっていく。周りの貴族たちから嘲笑が聞こえてきた。
「あなた……」
側で拘束されている夫人が、息絶え絶えにバラデュールを呼ぶ。
だがその声も耳に入っていないようだ。
「それと、おまえとその女との婚姻は正式なものではない。
なにしろ貴族と平民は法で婚姻出来ないのでな。
おまえたちの婚姻を見届けたという神官は、おそらく従属の契約を行ったのだろう。
なのでこの場に平民を連れてきた罪は重いぞ」
大公とバラデュールの遣り取りを見ていた王が片眉を上げた。
そして次の瞬間、影から現れた無数の棘が夫人とアデレイドに向かい、その身体を刺し貫いたのだ。
「私の前に下賎な姿を見せおって。
あまつさえ宮殿の床を汚し、醜い姿を晒して」
棘が2つの物体を持ち上げて、床に叩きつける。
穴だらけのそれらはもう “ もの ”でしかなく、側に控えていた近衛兵が片付け始めた。
「これからは決して王宮に下民を入れぬように。
貴族たるもの、そのあたりはきっちりとしなければならない」
王は暗に交雑は許さないと言っていた。基本貴族は、なぜ平民との交雑……庶子が良くないのかわかっているが、平民の方はその意味を理解せず、勘違い甚だしい事をしでかす場合がある。
「陛下、発言をお許し頂けますでしょうか」
弱冠8才のクリスティアンが膝をついた。
黒髪、黒瞳の彼は正妃の子で、第二妃の子であるアルバートを反面教師として厳しく教育されている。
「うむ、許す」
「ありがとうございます。
これは素朴な疑問なのですが、どうやって平民が学院に入学できたのでしょうか?
魔力がないのは確かですし、授業に差し障りがありますよね」
教育担当の大臣の身体がピクリと震える。
「その答えは今すぐには出ないであろう。
これからは決して平民や交雑種が紛れ込まないように、入学の折には厳しく詮議せよ」
今回の失態は貴族社会に平民が紛れ込んだ事による悲劇だった。
……男なので遊ぶなとは言わない。
だが、その相手は平民の場合、貴族の社会に入れてはならないのだ。
「父上……陛下、私はどうすれば」
「今日中に王宮から薄暮の離宮に居を移すように。
その後の事は追って沙汰を待て」
「ジ、ジェラルディンを連れ戻せば、何とかなりますか!?」
おそらく、バラデュールを除いた、この場にいる全員が呆れ果て、鼻白んだ。
「そのような事は不可能でしょう」
この場のすべてのものの代弁をしたのは大公だった。
「侯爵邸の執事によれば、それなりの準備をして出奔なさったようですので、今頃は伸び伸びお過ごしでは?」
実際には人間不信に凝り固まり、すっかり引き籠りに近くなっていたのだが、大公には計り知れない。
「そうだな。
ジェラルディンには今までにない生活を楽しんで貰おう。
いつかはここに戻ってきてくれる事を望んで」
傍らのクリスティアンが瞳をキラキラ輝かせている。
自身の初恋のひと、ジェラルディン。
今はまだ8才の少年だが、5年も経てば求婚する事もできるだろう。
それまでは……見守るつもりでいる。