146『捕縛』
初めて名乗ったベルクラムから、早朝からのラナバルへの事情聴取の様子を聞いて、ジェラルディンは溜め息を吐いた。
そしてやはりジェラルディンの予想通り、犯人は侍女のポリーナのようだ。
今憲兵隊は彼女の犯行を立証するため、完全なる証拠を集めている。
その居場所は特定されているため、憲兵隊本部へ連行されるのは時間の問題だった。
「そう、では私も憲兵隊本部に参りましょうか」
なぜか、ジェラルディンのその笑顔が怖かった。
ポリーナの家は下町でも比較的裕福なものが住む区域にあった。
木造二階建ての一軒家。
彼女はシングルマザーで子供が3人いる。
前夫とは生き別れ……いわゆる離婚をして、ポリーナは通いの侍女もしくはメイドとして生計を立ててきた。
だが今回、ナナヤタ不動産に潜り込んだのは完全に悪手だった。
「現時点でわかっている事は、ナナヤタ不動産に持ち込んだ、さる貴族家の紹介状は偽物だったのと、彼女にルディン嬢の家の合鍵を渡したのはナナヤタ不動産の事務員だったということです。
鍵の件は、主人が鍵を預けずにダンジョンに行ってしまって、掃除ができないので合鍵を貸して欲しいと言われたようです」
「決して許される事ではないけれど、そう言われれば、渡してしまうかもしれないわね。
どちらにしてもラナバルは、さぞ震え上がっている事でしょう」
その頃憲兵隊のある班は、女性用の小間物を多く扱うある雑貨屋で、探していたものを見つけた。
ジェラルディンから借りた見本と比べてみても間違いない。
雑貨屋の主人にお貴族様がらみの事件だと言って協力を求め、彼も憲兵隊本部に向かうことになる。
こうして外堀は埋められていく。
自宅で子供たちの世話を終え、今日はジェラルディンの屋敷に向かうことにしたポリーナは支度を終え、3人の子供たちに向き直った。
長女は14才、長男12才、次女11才。
長女は春になれば成人を迎える。
そんな彼女に留守番を任せると玄関にむかった。
その時、玄関の扉が激しく叩かれ、閂が弾け飛び、憲兵が雪崩れ込んできた。
「きゃあ!
一体何なのですか!?」
抵抗する間もなく、その身を取り押さえられたポリーナはそのまま憲兵隊本部に護送される。
そしてすぐに家内に捜査が入り、証拠の品が発見された。
子供たちはそのまま別室に留め置かれ、2人の憲兵が監視についた。
縄で縛られることはなかったが、周りを屈強な兵に囲まれて憲兵隊本部に連れてこられたポリーナは、自分の仕出かした事を棚に上げて怯えきっていた。
実は彼女、今回ナナヤタ不動産から周旋されたジェラルディンを年若いと言って完全に舐めていた。
そして彼女はジェラルディンが貴族である事を知らないでいる。
このクメルカナイの貴族はかなり温和で、今までの貴族が大鉈を振るう事がなかったのだが、今回の一件はその初めてのケースになりそうだ。
「おまえはポリーナ。
先日までクメルカナイに滞在していたヤルタ家の紹介状を持ち、商業ギルドの人事部門からナナヤタ不動産に周旋されてきた。
この事に間違いないか?」
「はい、間違いありません」
「それで、今回ここに連れてこられた理由は理解しているか?」
「わかりません。
こんな不当な扱いに抗議します」
今までも同じような事を繰り返してきたのだろうか、相当な厚かましさだ。
憲兵隊隊長は溜息した。
「あのなあ、おまえがやった事はもう調べがついている。
おまえが接触した雑貨屋の主人はもうこちらに向かっているし、家からもモノが出ているだろう。
なによりも今回は相手が悪かったな」
ポリーナは一瞬表情を変えたが、最後の言葉の理解ができないようだ。
「おまえが侮った小さなお嬢様は、某国の貴族だ。
……楽に死ねると思うなよ?」
今度こそポリーナの口から悲鳴が漏れ出した。




