143『現場検証』
「では、家内を確かめてもらえますか?」
憲兵隊隊長からそう促されて、ラドヤードが扉を開ける。
すると瞬時に魔導具の灯りが燈り、玄関ホールに足を踏み入れた。
「まず、一階の俺の部屋を確かめてきます」
玄関の外で見張りをする憲兵を除いた、ジェラルディンや隊長を含む全員がゾロゾロと後を追う。
「こちらは厨房や使用人の休憩室などがあって、俺の部屋もここにあります。なので俺の部屋には鍵があって、今までも異常はなかったんです」
案内してきた皆の前で、ラドヤードは素早く扉の上を探っていた。
そして取り上げたのは一本の藁だ。
「鍵も問題ないし、藁も無事です。
……この侵入者は俺の持ち物には興味がないようですね」
ラドヤードは笑顔を見せているが、その目はまったく笑っていない。
その後、一階の共有部分を見て回ったが何の異常も認められなかった。
そして次はいよいよジェラルディンの部屋だ。
「やはり無いですね」
ジェラルディンの部屋の扉の上に仕掛けておいた藁は見当たらない。
きっと部屋の内側に落ちているのだろう。
「さてご主人様、どこに異常があるかよく確かめて下さい」
「そうね……多分、このあたりからでしょうね」
居間を通り抜けたジェラルディンは、もうひとつの扉の前で立ち止まった。
「ラド」
「ここも藁が落ちてます。
……何と言うか、目標に向かって真っしぐらというところでしょうか」
憲兵隊の皆は、うら若い令嬢の秘めたる私室に入る事をためらったが、本人はいたって無頓着である。
「前回はこのあたりに違和感があったのだけど……
そうね、やはり香油の瓶とパウダーの容れ物がないわね。
櫛もひとつないみたい」
高貴な女性の化粧台など見たことない憲兵たちは、おっかなびっくりあたりを見回している。
「何か……変なコソ泥ね。
こんな細々としたものだけ盗っているという事は、犯人はやはりアレかしら」
「心当たりがあるのですか?」
「ええ、でも鍵はどうしたのでしょう……私、彼女に鍵を渡した覚えがないのですが」
「その、ルディン嬢がお疑いの人物は一体誰です?」
「名は何と言ったかしら?
この家を借りたとき、一緒に付いてきましたのよ。
でも私、知らない者に家をウロウロされるのが嫌だから、私たちどちらかが居る時にしか来なくて良いと言っていたのだけど」
「主人様、アレの名はポリーナです」
「そうそう、そのポリーナ。
この件の重要参考人ですわ」
憲兵隊は色めき立った。
「まだ他のものが犯人だという可能性もありますが、おそらくそのものが侵入者と見て間違いないでしょう。
それからナナヤタ不動産にも事情を聞きます」
もう結構な時間にもかかわらず、憲兵たちはあちこちに散っていく。
一応、もう解放されたジェラルディンだが、とてもこの家にいる気になれない。
「あの、隊長さん。私今夜は宿に泊まることにします」
「どちらの宿になさいますか?
兵に先触れさせましょう」
「ありがとうございます。
では【英雄の帰還】へ、ルディンが宿泊を希望していると伝えていただけますか?」
呼び出されていた憲兵が頷いて、駆け出していく。
「ようこそ、ルディン様」
「こんな遅くにごめんなさい。
迷惑をかけます」
クメルカナイで一番の宿屋と言って差し支えない【英雄の帰還】
その玄関の前で支配人が出迎えてくれた。
「この度は災難でございましたね。
いつものお部屋を用意しておりますので、どうぞ。
あと、お食事はお済みですか?」
「ええ、ありがとう。
夕食は済ませていたの。
では、お世話になります」
もう遅い時間なので、宿の奥の紳士の社交場以外は明かりを落としてある。
ここまで同行してくれたバルタンに別れを告げ、ジェラルディンたちは支配人に案内されて階段を上がっていった。




