136『【死の舞踏】の敗北2』
「あんたたち、今日はもう宿に戻って体を休めたらどうだ?」
やっとひと息ついたイレミアスたちはボス部屋までに採取した素材を売りにギルドに向かうことにする。
重い腰を上げてテントから出てきた時、ちょうど入り口の監視人が噂話をしていたところだった。
「……でも最近、冒険者の実力が上がったって事じゃないのか?」
「そうなのかもしれないし、そうじゃないのかもしれない。
今日戻ってきた連中は現に失敗したわけだし、その気になって20階層を目指す奴らもその前に挫折している。
やはりあの【小さな貴婦人】と護衛は特別だろう。
何と言っても30階層の転移陣を作動させたんだ」
聞くつもりもなく通り過ぎようとしていたイレミアスたちの耳に、信じられない情報が入ってきた。
「ちょっと!
今の話は本当なのか!?」
重い体を引きずるようにして、イレミアスは今話していた2人の監視人の元に駆け寄った。
「今の話の【小さな貴婦人】って、あの子の事か?
30階層ってどういうことだ?」
もうイレミアスの眼前はショックと嫉妬のため真っ赤に染まっている。
「先日……5日くらい前に30階層から転移陣で帰還してきて、1階層から30階層に転移できるか確かめるため、一晩おいてからまた30階層に戻って行ったんですよ。
ひょっとしたら今頃はもう最深到達階層が更新されているかもな」
その場に蹲ったイレミアスは、こめかみに血管を浮き上がらせ地面に爪を立てた。
そして絶叫する。
「うわああぁぁぁーっ」
【死の舞踏】のあとの4人も腑抜けたように立ち止まっている。
「認めない、俺は認めないぞーっ!」
そう叫んだイレミアスの顔はまるでオーガのようだった。
31階層からもジェラルディンたちはゆっくりと攻略を進めていた。
珍しい虫系の魔獣を厭わずに “ 収納 ”していく様子に、さすがのラドヤードも引いてしまう。
「主人様、そろそろ……」
「あっ! あれは何?」
翅を震わせる、ブーンという音と共に近づいて来るのは、美しい七色の甲虫である【玉虫】だ。正式名称レインボースカラベ、実は見た目によらず悪食である。
「なんて綺麗なの……」
うっとりとした乙女の表情で、サクッと収納してしまうジェラルディンは、やはり普通の少女ではない。
「私がティムの魔法が使えたら、絶対に使役獣にするのに……
さっきの蟷螂なんて素敵だったわ」
ジェラルディンの傍でラドヤードは心底やめて欲しいと、背筋を凍らせていた。
「ひょっとしたら……
試してみるのも一興ね」
アイテムバッグから取り出したのは奴隷商から貰った隷属の首輪だ。
「主人様? 何を……」
「ラド、蟷螂の魔獣を探すわよ」
主人のやる気と隷属の首輪。
これから導き出される答えはひとつ。
「わかりました」
どこまでも自身の欲望に忠実なジェラルディンは、次の階層へ進むこともなく、飽きもせずにこの “ 虫階層 ”を走り回っていた。
ジェラルディンの探査では魔獣の種族までわからないので手当たり次第、という形で魔獣と遭遇している。
そして今まで蟷螂との遭遇はゼロ。
ラドヤードは呆れ、ジェラルディンは諦めかけた時、乾燥させた葉脈のような美しい翅を持つ、濃い紫色の、ラドヤードほどの大きさの蟷螂が現れた。
「ザウレリオマンティス……」
「まあ、この子も綺麗な子ね。
ねぇ、あなた。私のものになりなさい」
人語を解するのならびっくり仰天しただろう。そしてジェラルディンはまったく頓着していない。
「大人しくしてくれるなら痛い事はしないわ」
鎌を振りかざして襲いかかってくる蟷螂に向かって、影から飛び出した細い棘が鎌に、脚に、腹に絡みつきその動きを阻害してしまう。
「さて、言う事を聞いてくれるかしら?」
ジェラルディンの口角が上がる。




