133『転移陣』
ラミアという魔獣はダンジョンの中層からはさほど珍しいものではない。
おそらく、件のスタンピードでも発生していただろうが、ジェラルディンがこうしてじっくりと見たのは初めてだった。
「人語は理解するのかしら?」
「長く生きている個体とは意思の疎通ができる場合があると聞いたことがありますが、こんなところに出てくる個体では、おそらく無理でしょうね」
「なるほどね」
そう言ってジェラルディンは改めてラミアを見た。
そして事もなく収納してしまう。
これで無傷のラミアが手に入ったのだが、その素材としての価値は想像出来ない。
「まあ、いつか依頼があるまで置いておけばよいし、どのような使い道があるのか調べてみてもよいわね」
「ラミアですか……
たまに討伐依頼が出たりしますが、この場合はそれにあたりませんよね」
ラドヤードもラミアの使い道はわからないらしい。
「でも、これでも一応蛇系の魔獣なのだもの。薬の材料になるかもしれないわ」
もしくは、下半身の蛇の部分を加工する事だろうか。
ジェラルディンはあまり深く考えるのをやめ、蛇狩りに意識を戻した。
今夜は27階層で野営をしている。
20階層を過ぎてから出没する魔獣が、希少なものも多くなってきたため、前進するスピードがガクンと落ちたのだ。
「今日はホワイトビーフストロガノフ。
生クリーム仕立てでこってりしていて美味しいわよ」
ミノタウロスの薄切り肉がたっぷりと使われていて、見た目以上にボリュームがある。
それに白飯とパン、マッシュポテトから選んで添えるのだが、ラドヤードは三種類とも試すようだ。
「いつ見てもいい食べっぷりねぇ」
上品にスプーンを使って食べているジェラルディンは、もう見ているだけでお腹いっぱいになる気がする。
「主人様、これ美味しいですね」
純真な子供のような笑顔を向けてくるラドヤード。
だが彼は決して純真などではない。
年端もいかない頃から冒険者として身を立てて経験を積み、その技術と酸いも甘いも噛み分けたうえ、裏切りによって人に対する不信感を得たラドヤードは、今はもう契約によって結びついたジェラルディンしか信じられなくなっていた。
「今、王都には色々な新レシピが登場しているそうよ。
ラドが好きなポテトサラダも少し前にもたらされたもので、マヨネーズとか発明したのと同じ人物なのですって」
「その方は偉大ですね。
俺は主人様の次に尊敬します」
山盛りのマッシュポテトにビーフストロガノフをたっぷりとかけながら言われても笑いを誘うだけだと思う。
翌日、あっさりと30階層に到達したジェラルディンとラドヤードは転移点……というか魔法陣を目の当たりにしていた。
それは30階層から31階層に降りる階段の手前、普段は冒険者たちが休憩するのに使う場所にある。
「では一度、これを使ってみましょうか?」
試したものがいないためわからないが、おそらく一方通行ではないはずだ。
ジェラルディンはこの場から1階層へ、そして1階層からここへ転移できると思っているのだ。
「さあ、ラド。行きましょう」
もちろん1階層へは問題なく転移できた。
そこは入り口からも見通せる、たまに冒険者たちが集まって相談などをしている場所だ。
今、その場には魔法陣が浮き上がっている。
ジェラルディンたちがそこから一歩踏み出しても、魔法陣は変わらず輝いている。
「私たちがここを離れてそれなりの時間が経ってから、再び30階層に転移できるのか……
試してみないとダメね」
「では一度家に帰りますか?」
「ええ、そうしましょう」




