120『入居』
賃貸契約した邸宅の鍵の引き渡しは、ギリギリで終わったハウスクリーニングののち、無事行われた。
だが思いもよらなかった事が起きてジェラルディンたちは困惑している。
それは今ジェラルディンの前に居る女性の事だ。
「これだけの建物です。
たとえ掃除だけでも大変でしょう。
ちょうど知人から働き口を頼まれていた、このポリーナは下働きとしては経験が豊富なのです。
入居してしばらくは色々大変でしょうから、当ナナヤタ不動産からひと月の間派遣させていただきます」
ラナバルが有無を言わさない勢いで勧めて、半強制的に置いていった。
ジェラルディンたちにとっては迷惑以外のなにものでもない。
「置いて行かれたものはしょうがないけど、“ 通い ”での勤務と言うのは譲れないわ。
まずは週2回、調理関係なしの掃除と洗濯以外は手をつけないで。
勤務時間は朝3つの鐘から5つの鐘まで。
これでしばらくは様子を見ます。
それから、私たちのどちらかが居る場合以外は来なくて結構です」
女主人である少女は歓迎する素振りもない。
「出来れば住み込みで働きたいんだ」
このポリーナという30がらみの女が、厚かましくもジェラルディンに向かって話しかけてきた。
「それは許可できないわね。
もう今日は用がないから帰ってちょうだい」
「ではお嬢様、明日はいつ頃来たら良いですか?
それと鍵は?」
ここであっさりと鍵を渡すジェラルディンではない。
「明日はおそらく留守にするから来なくていいわ。
あとは……来てみればいいのではなくて?
あなたに鍵を渡すつもりはないので、開いていれば掃除でもすればいいでしょう」
けんもほろろな主人を怪訝そうに見ているポリーナだが、すぐにラドヤードに睨まれている事に気づき、小さく挨拶するとすぐにその場を立ち去った。
「まったく……面倒なものを押し付けてくれたわね」
「難しく考えずに無視すればよいのではないですか?
何もこちらが合わせる必要はないのですから」
「そうね。その通りだわ」
ようやくジェラルディンとラドヤードは今日から我が家となる邸宅に足を踏み入れたのだった。
扉を開けて入ったところは、古いが広い玄関ホールがある。
建築当初は貴族の別邸だっただけに、ジェラルディンにも馴染みの深い造りになっていた。
まず目につくのは左右から伸びる階段だ。その踊り場には燻んだ造り付けのフレスコ画が往時を思い出させてくれる。
「私は2階の主寝室を使うわ。
ラドは一階でいいのかしら?」
「はい、下見に来たときに使用人用のちょうどよい部屋を見つけました。
浴室の他に作業用に使える部屋もあって、俺には贅沢なほどです」
玄関ホールの中央から奥に伸びる通路には来客用の応接室や主人のための執務室、事務室だっただろう部屋がある。
そして左側の通路は使用人たちが使う通路で、厨房などもこちらにあった。
「冬の間のかりそめの我が家だけど、2人きりなので好きに使ってちょうだい」
まずはジェラルディンの部屋を調えるために、2人は階段を上がっていった。
ジェラルディンは異空間収納に生活するのに必要な家具をすべて収納していて取り出す事が出来るが、その位置や角度など微調整するにはラドヤードの手を借りなければならない。
まずは寝室に絨毯を敷き詰め、足元からの寒気を和らぐようにする。
そして一番大きな家具、ベッドを出した。
そのあとは魔導ストーブを出し、早速稼動させて部屋を暖める。
造り付けのクローゼットは埃くさかったので、据え付けのワードローブやビューローを並べていった。
ドレッサーを含む、同じシリーズの家具は曲線が優美な意匠の貴族の持ち物だ。




