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116『賃貸契約成立』

夕刻になって宿の部屋に戻ってきたジェラルディンは、侯爵邸で着付けられたドレスのままだった。

アラクネ絹の生地に明るい赤の地色にオレンジや黄色、ピンクの花柄と緑の葉の豪華なプリントだ。

その生地をふんだんに使ったドレスに繻子の靴。

薄茶の髪には共布の大きなリボンが飾られていた。

その姿のまま、ラドヤードを伴って一階に降りていく。

そうするとすぐに支配人が飛んで出てきた。


「昨夜は騒動を起こして申し訳なかったですわ。

今夜はお部屋でいただくつもりですが、滞在を少し延ばそうと思っていますの」


ジェラルディンはそのままフロントに向かおうとしていた。

慌てたのは支配人の方だ。

何とか言葉を尽くして貴族用の貴賓室に誘導して、紅茶や菓子などでもてなす。


「あと5日、ご厄介になりたいと思います」


ラドヤードが布袋を取り出し、その中身金貨70枚を並べて見せた。


「お食事代などに少し預けておきます」


ここまで宿にとって好ましい客はそうそういないだろう。

昨夜のイレギュラーはあったが、クレームはなく金離れはピカイチ。

そしてジェラルディンが宿泊しているだけで宿の格が上がる、見るからに上級貴族のお忍びだ。


「昨夜の当方の不手際に目を瞑っていただいた上、さらに宿泊を重ねていただく温情、私、当【英雄の帰還】を代表してこのご恩、終生忘れませぬ」


「まあ、大層ですわね。

では私どもは部屋に戻りますわ」


「いえ、ぜひレストランにお出で下さい。

今宵も趣向を凝らした料理を用意しております。ぜひご賞味ください」


支配人自らジェラルディンをエスコートしてレストランに向かう。

この後、ジェラルディンは前夜以上に吟味された珍味に舌鼓を打った。



そんななかダンジョンでは、冒険者ギルドから通達された【銀狼の咆哮】に対する依頼を受けて一旗揚げんとする冒険者たちが殺到していた。

ジェラルディンがあずかり知らぬなか、バルバルをはじめ【銀狼の咆哮】たちは追い詰められていく。



翌日、ジェラルディンはナナヤタ不動産を訪れていた。

ラナバルは最新の情報も手に入れていて、斥候のリリが死んだ事も、残った【銀狼の咆哮】の連中が段々と下層に追いやられているのも知っていた。


「ようこそいらっしゃいました。

ルディン嬢、お加減はいかがですか?」


「ていねいなお見舞いの言葉、ありがとうございます。

今回は旅の疲れが出たようですわ」


「さようでございましたか。

では早速商談の方に移ってよろしいですか?」


「ええ、もちろん。

ラナバル殿に余計なお時間を取らせるわけにはいきませんもの。

……ラナバル殿、あの物件ですけど今回は『賃貸』でお願いしたいと思います。

一時は買取も考えたのですけど……私たちが居ない間に貸し出す場合、冒険者がその対象になりますでしょう?

その彼らのガサツさを目の当たりにいたしまして、考え直す事にしたのです」


ラナバルは思った通りの結果にがっくりしたが、表情にも態度にも出さない。

その後は粛々と手続きを進め、ハウスクリーニングが済む3日後に引き渡しが行われる事になった。


「良いお取引を行うことができました」


ラナバルは深々と頭を下げた。

買取には至らなかったが、この取引だけで金貨500枚が手に入ったのだ。

ジェラルディンたちを丁重に見送ったラナバルは、ようやく借り手の見つかった物件に人手を差し向ける準備を始める。


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