106『クメルカナイの冒険者ギルド』
濃い茶色の瞳がちらりと男を見上げて、すぐに興味なさそうに逸らされた。
間に入ったラドヤードに突き放されて動けないままでいる男を無視して、ジェラルディンは受付カウンターに向けて歩いていく。
ラドヤードはもう一度殺気を当てるとジェラルディンに従うように後を追った。
命拾いした男はその場に座り込んでしまう。
ギルドの中に冒険者は多いが、受付もそれなりの数が並んでいる。
ちょうど空いていた受付は職員が男性で、それが人気の無い理由かもしれない。
「こんにちは」
何かを書いている職員にジェラルディンの方から声をかけた。
「はい、こんにちは。
失礼しました」
冒険者が滅多に自分のいる受付に来ない事から事務を兼任していた職員は、目の前のずいぶん低いところにある視線に気づいて、少したじろいだ。
「私、色々あって、滞在する場所のギルドで存在確認をするように言われているんですの。
お願いできますか?」
存在確認はそれほど珍しいものではない。
職員はジェラルディンからギルドカードを預かり、言われる通りに手続きを行った。
「それと、ここに来るまでにいくらか魔獣を討伐してきましたの。
素材の納入依頼があればお願いしてよろしいかしら?」
後ろから、依頼掲示板から何枚か剥がしてきた依頼票が差し出される。
今度は首が痛くなるほど見上げる男……ラドヤードが立っていた。
「ブラックウルフの牙、ファンタジックベアの掌、レインボーマンティスの鎌、鉄鋼兜の外殻、ですね。
それなりの数納入する依頼もありますが大丈夫ですか?」
「はい、問題ありません。
ただ、そちらで解体をお願いしたいのですが、如何でしょう?
依頼品の他の部分の買取もお願いしたいのですが」
「はい、そちらも問題ありません。
では解体場に案内しましょう。
こちらにどうぞ」
クメルカナイ第一層の冒険者ギルド職員、凶禍のバルタンと呼ばれる彼は、その日運命の出会いを果たした。
彼女……そう彼女だ。おそらくバルタンが最も縁のないもの、女性。
数ある受付の中から、他の冒険者が滅多に寄り付かない彼の元にやってきたのは、ここでは見かけたことのない、ひとりの少女だった。
「解体希望の魔獣はここに出して下さい」
冒険者ギルドの本館から渡り廊下で繋がった建屋に解体場はある。
ここは大型の魔獣を解体することもあるため、結構な人数の解体職人がいる。
「ブラックウルフの牙はどのくらいの数、入用ですか?」
この依頼は夏の頃に出されたもので、細工工房からのものだ。
ブラックウルフの牙はフォレストウルフのものよりも上質で、アクセサリーや守護の護符などに加工される。
依頼には数の指定はなかったが、バルタンは少し考えた。
「そうですね……
ルディン嬢がそれなりの数をお持ちなら、まずは10頭分お願い出来ますか?
工房に納入の時、追加依頼があるか聞いてみます。
ところであとどのくらい、お持ちですか?」
「うふふ、内緒です」
照れたように笑う顔は年相応のものだった。
解体場から戻ってきた一行は元の受付に戻り、預かり票が発行された。
ジェラルディンとしては他にも売るものがあるのだが、そちらは追い追いと言うことで、まずは差し迫った問題……宿屋の紹介を頼むことにした。
「宿屋ですか?」
「ええ、部屋の中に従者のための寝室があるタイプの部屋を希望します」
これは富裕層向けの宿の最上級の部屋を意味する。
「で、では同じ第一層にある『英雄の帰還』はいかがでしょうか。
ここからも近いですし、ダンジョンに向かわれるのも便利だと思いますよ」
「そうでしたわ。それと不動産屋を紹介して頂きたいの。
3ヶ月ほど滞在するのですし、借家を借りたいと思っていますのよ」
これもよくある話である。
「では、不動産屋への案内は明日でも良いですか?」
ジェラルディンは了承の返事をして宿に向かうことにした。




