103『青白の炎』
メルトカル国には以前は貴族だったが、今は血筋だけを継いでいる貴族ではない元貴族といった階級の者たちがいる。
彼、彼女らは例えば魔法士として冒険者をしていたり、警備隊や憲兵など兵士としてそれなりの階級にいたりする。
今回はその兵士たちを使って、言葉は悪いが教会の敷地全部を焼却処分しようとしていたのだが、そこにジェラルディンから待ったがかかったのだ。
代官は頭を悩ます。
強力な火魔法を使うことができる魔法士は、今はすべて鉱山地区に避難していて、このラルケの町に呼び戻す事は出来ない。
ほとほと困り果てていた彼に、ジェラルディンから提案という名の助けがもたらされた。
「では、私が参りましょうか」
「主人様!!」
ずっと無言で後ろに控えていたラドヤードが珍しく語気を荒げて話の途中に割って入る。
「ラド、大丈夫よ。
貴族は、テュバキュローシスに感染しないの。
あまり知られていない事なのですけどね」
苦笑に近い、どこか悲しそうな笑みを浮かべて、ジェラルディンはラドヤードの手を握った。
ラドヤードの方は大きく目を見開いている。
「だからと言って、進んで感染者と接触したいと思わないわ。
便利に使われるのは真っ平ご免よ」
牽制するかのように代官を睨みつけるジェラルディンに、ラドヤードはようやく自分を取り戻した。
「俺もお供させて下さい」
「もちろんよ。
ラドがしなくて誰が私を護ってくれると言うの?」
あなたを心から信頼しているのよ、と笑いかけたジェラルディンが次に代官に向けた笑みはどう猛な獣のようなものだった。
「私、火魔法は使えませんのよ?」
代官としては青天の霹靂であったが、ジェラルディンは真顔でアイテムバッグから何かを取り出した。
深夜、ここは件の教会前。
治安の悪い地域だが今宵は何か感じるものがあるのだろう、いつもは徘徊している目つきの悪い小悪党たちもその姿を隠していた。
「では始めましょうか。
ラド、一部を開けてこちら側に結界石を配置してちょうだい」
そう言うと、ジェラルディンはその手の中に握り込んだ物体に魔力を込め始めた。
それは以前に開発していたが、流通させると悪用されかねないので死蔵していた【手榴弾もどき】である。
ジェラルディンはそれをラドヤードに渡し、一歩退いた。その代わりにラドヤードが結界の外に出て教会と孤児院の建物に向かって投擲の姿勢を取った。
「主人様、もう少しお退りください」
そう言いながら、大して力みもせずに投げた【手榴弾もどき】は着弾とともに眩い光と炎をもたらした。
投げ終わると素早く結界内に戻ったラドヤードは、入り口を塞ぐためにさらに結界石を置いた。
その後は、さながら炎のショーを見ているようだった。
結界で守られている一行は、超高温の青白い炎の熱も、聴くだけで立って居られないような恐ろしい音も遮断されていた。
それは石造りの教会はおろか、木造の孤児院などは中にいたシスターや孤児たち諸共あっという間に蒸発した。
まるで浄化するような炎は墓地にまで至り、そのすべてを焼き尽くした三日三晩の後残ったのは巨大なクレーターだけだった。