100『平穏なひととき』
「ところで、野営場で隔離している母子ですが、他に何か聞く事はありますか?」
ジェラルディンが考えた、ラルケの町での生活状況とか行動範囲など、思いつく限りの事はすでに尋問済みだ。
なによりも、警備隊の兵士も感染をおそれて近づきたがらない。
「いや、あとはここである程度のことは洗い出せると思います。
もうすでに今朝からあの母子の家の捜索を命じてありますので」
「わかりました。
では今日のところはこのあたりで下がらせていただきます。
……それから、提供していただけると言うお部屋の事ですが」
「おお、すぐに案内させましょう」
「いえ、この度は人数も多いので、私たちは自前のゲルで過ごしたいと思っています。
申し訳ないのですが、中庭にでも場所をお貸し願いますか?」
「そんな……うら若き女性を、敷地内とはいえ野宿などと」
代官の、見るからに狼狽えた姿が面白い。
「私のゲルは設備が充実しておりますのよ?
護衛にはこのラドヤードもおりますし、お部屋だと反対に、色々差し障りがありますの」
代官は渋々認めたが、それでもまだ不満そうだ。
「ご存知でしょうが私、大容量のアイテムバッグ持ちですの。
なので生活に必要なものはほとんど持ち歩いておりますのよ」
ジェラルディンが森の中を採取をしながら移動しているのは警備隊から聞いている。
高性能の結界石を利用して野営をしているそうなのだが、代官のような平民には想像つかない暮らしなのだ。
「しかし、ルディン殿」
「乗り合い馬車の方はそこそこの人数ですからそちらの方を優先して下さい。
食事の方も自分で用意しますので、お気遣いなく」
「ルディン殿、そんな訳には……」
ジェラルディンはにっこりと笑った。
「そのかわり自由にさせていただきますわ」
若草色の膝丈ワンピースに胸当てだけの革鎧。
蛇種のロングブーツに、腰には細身のシミターを佩いで、ベルトには小ぶりのウェストバッグをつけている。
今ジェラルディンは女冒険者に変装して、ラドヤードと2人町を散策していた。
一応、代官の紹介状を持ち、まずは冒険者ギルドに顔を出そうと思っている。
「ラド、あの屋台に売っているのは何かしら?
お菓子?ではなさそうね?」
それは軽食系の食べ物で、パンケーキやクレープに見た目は近いが、違っているのは上に具材が乗っている事だ。
千切り葉野菜の上に薄切りの肉を乗せ、一番上には目玉焼きが乗っている。そして果物を使ったジューシーなソースがかかっている、洋食焼きと呼ばれるものだ。
「召し上がってみますか?
ちょうど昼時ですので、ここで昼食にしましょうか」
ジェラルディンが頷くと、ラドヤードはてきぱきと屋台料理を買い始めた。
その手には洋食焼きのほか、屋台の定番串焼きや黒パンに挽肉と豆の煮込みを挟んだもの。
腸詰とジェラルディンには果実水を、自分には酒精のないエールのような飲み物を買ってきた。
「腸詰以外は初めて見るものですわね」
「こちらの洋食焼きはフォークで、パンの方はそのまま齧って下さい」
「まぁ、サンドイッチのように食べるのね」
ジェラルディンはポロポロとこぼしながらも黒パンサンドを完食した。
洋食焼きはありふれた材料だと言うのに、それをまとめ上げているソースが絶品だ。