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10『宿での出来事』

 憲兵のひとりに連れてこられた【翔ける白馬亭】


「いらっしゃい!

 食事かい?それとも泊まりかい?」


 痩せぎすの、神経質そうな女将が声を掛けてきた。

 彼女はジェラルディンを見ると一瞬目を眇めたが、すぐに言葉を繋いだ。


「宿泊をお願いします」


 ジェラルディンを宿に案内して気が緩んだのだろう、年若い憲兵は気安く挨拶して門へと戻っていった。


「うちは一泊銀貨5枚で朝食と夕食付き、10日なら金貨4枚だよ」


「明日からの事はまだわかりませんので一泊でいいです。

 それと今夜の夕食は結構です」


「じゃあ部屋に案内するよ」


 女将が自ら案内した部屋は、さほど広くはないが清潔に保たれていた。

 そしてトイレとシャワーがある。


「使い方はわかるね?

 じゃあ、ごゆっくり。朝食は6時からだよ」


 女将が出て行って、ジェラルディンはようやくひと息ついた。忘れずに鍵を掛けベッドに腰を下ろす。

 そしてそのまま影に吸い込まれていった。



 影の中の空間の【隠れ家】で、今日一日身につけていた服を脱ぎ捨て、バスタブに浸かった。

 シャワーを出しっぱなしにして髪を綺麗に洗い、高価な仕上げ剤を使ってからゆっくりと泡風呂を堪能する。

 洗髪剤も仕上げ剤も、泡の入浴剤もすべて貴族が使う高級品だ。


「これもしばらくは買う事が出来ないけど、ストックが充分あるから問題ないわね」


 入浴のあとは夕食だ。

 今夜、異空間収納から取り出したのは、スモークサーモンとアボカドのミルフィーユ、湯むきしたトマトのサラダ、コンソメスープ、バターをたっぷりと練りこんだロールパン、ブラウンソースが絶品のビーフシチュー、口直しのレモンソルベ、鱒のムニエル、りんごのコンポートだ。


「慣れているとはいえ、誰もいないところでひとりで食べるのは、やっぱり寂しいわね」


 ジェラルディンは、母親が亡くなってからひとりで食事を摂っていたが、側にはいつも侍女たちがいた。

 だが今は独りぼっちだ。


【隠れ家】で入浴と夕食を終え、就寝の前に一度宿の部屋に戻ろうとした時、ふと異常を感じて影から出るのを躊躇した。

 その異常とは鍵が開く音であり、それに続いてドアが開いて、暗闇のなか男が2人入って来た。


「えっ、えっ! どういう事?」


 真夜中の、女性客が泊まる部屋に鍵を開けて入ってくるなんてあり得ない。

 ジェラルディンはパニック寸前で、影空間の向こうで起きている事に見入っていた。


「高く売れそうな女の子がいると言うから来たのにどういう事だ?

 荷物ひとつない。ベッドを使った様子もないじゃないか!」


「確かにこの部屋に泊まってるんだ!

 鍵だって掛かっていただろう?!」


 こちらはどうやら、この宿の関係者のようだ。

 ジェラルディンはかぶりを振った。

 そして影の中に深く潜り込み、この宿から静かに離れていった。



 これからどうすればよいか、ジェラルディンは考えてみた。

 まず、この宿とはこれでおさらばする事は決定だ。

 ジェラルディンの場合【隠れ家】があるので眠る場所には困らない。

 今、少し困っているのは、この町からこのまま出奔する事で不都合を来たしてしまう事を懸念しているのだ。


「やっぱり憲兵詰所には行った方がいいわよね。

 でも、もしもあの宿とグルだったら?」


 あの宿を名指しで紹介したのは兵士長だ。もうこれは懸念どころの騒ぎではない。

 ジェラルディンは、影の中に潜んだまま門の詰所に向かった。

 中に忍び込んでも姿を現わす事なく、当直の兵たちの話を聞いていた。


「しかしかわいい娘だったなぁ」


「俺はもうちょっと育った方がいいかな」


「でも凄腕の魔法士だぞ」


 彼らの取り留めない話は続いているが、肝心の宿の話は出てこない。

 ジェラルディンはこのまま出奔する事のリスクを考えながら彼らの遣り取りを聞いていた。


「あ、兵士長! もう仮眠はいいのですか?」


 だらけた姿勢で座っていた若い兵が、弾かれたように立ち上がった。


「そうそう寝てられんだろうが。

 あの嬢ちゃんの持って来た奴らはとてつもない賞金首だ。

 あの嬢ちゃんは旅の最中のようだから早いこと褒賞金が出るようにしないとダメだろう?」


 ジェラルディンの目に涙が溢れてくる。この目の前の、高潔な男を疑った事を済まなく思う。

 そしてそっとその場から離れて、詰所の入り口に向かった。

 今は夜中なので、見張りは門の上部の見張櫓にしかいない。

 ジェラルディンは入り口のドアをノックした。


「こんばんは。すみません」


 兵たちは、今しがたまで噂していた人物の登場に驚愕する。


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