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満とヒナタは、最初に駅から少し歩いた場所、万代シティにあるビル街へと歩いた。
先に昼食をとろうとも考えていたが、ヒナタに、ショッピングか昼食か、選択肢を提示したところ、ヒナタはすぐにショッピングを選んだ。ビル陰で覆われる居酒屋などの立ち並ぶ小路を抜けると、デパートのような建物どうしを繋ぐ白い歩道橋が最初に目に映る。
「あっ、あれ知ってる! レインボータワー!」
四角形の中に対角線を描いたような横断歩道で、信号が青に変わるのを待つ中、ヒナタは、左側の建物の奥から点に伸びるタワーを指差し言った。
「あれって、今動いてないの?」
「昔は動いてたんだけどね、いつの間にか止まってたなぁ。」
今は動かない展望台の残る、虹色に彩色されたタワーを見て、満は昔を懐かしむように言った。
「あそこの展望台に乗ると、町を見渡せるんだ。あれは綺麗だったなぁ」
「へぇー。」
ヒナタは再びタワーに視線を移した。
「私も、ちょっと乗って見たかったなぁ……」
「後で、ネクスト行って見る? あそこにも展望台、あるから」
満がそう言うと、ヒナタの顔は雲が晴れたように笑顔を取り戻した。
ショッピングモールに入ると、熱気と冷気がバトンタッチし、心地よい冷涼を帯びた風が二人を包んだ。
「生っき返る~っ!」
ヒナタは首元をパタパタさせていると、最初に目についた洋服コーナーを見て、目を輝かせた。
「満! 先に服見ても良い?」
「あぁ、うん。良いよ。」
「やったー!」
遊園地にでも来たような、はしゃぎようだった。
女性用の夏服が並ぶ中、満は小恥ずかしさを感じていた。
女性洋服のコーナーに立ち入ったことなんて、小学校低学年の頃、母親の買い物についていった時が記憶上最新のものだ。
男性がこのコーナーに入るのは如何なものか。
異質そのものでしかないのでは。
やっぱり、少しここにいるのはマズいのでは――!?
まるで、男湯と間違って女湯に入ってしまったような、気恥ずかしさが満の頬を赤く染め上げた。
「みつるーっ、こっち、こっち」
目のやり場に満が困っていると、夏服の列からヒナタが顔をのぞかせ、手招きをした。
「なんか、やっぱりちょっと恥ずかしいな……」
「えぇー? そんな恥ずかしがらなくてもいいのに」
満は思わず声に漏らすと、ヒナタは苦笑した。
「あ、それより、見て見て。これなんてどうだろう?」
斜め下に視線を逸らしていた満は、ヒナタに視線を戻すと、ヒナタは涼しげな白いブランドTシャツと紺色のスカンツを体に当て、満へ見せた。
かなり似合っている。いや、かなりどころではなく、ピッタリであった。それは、制服姿より明らかに可憐さが増していた。
女子免疫力が低い事を、体が今更思い出したかのように反応を起こす。
「う、うん……良いと思う。」
顔の充血がさらに増した満は、もう真面にヒナタと目を合わせる事ができなくなっていた。
「うーん、微妙か」
ヒナタは、満の顔色から判断したのだろう。
そう言うと、持っていた服を戻し、再び吟味し始める。
微妙じゃなくて、本当に似合ってるんだ――!
そう伝えたいが、もはや声も出てこない。
冷汗が額に流れ始め、頬を何度も伝わるのを感じる。
「ほいじゃ、これなんてどう?」
そこから何分か、ヒナタのファッションショーが始まったが、その先のことを、満はよく覚えていなかった。
ショッピングモールを出ると、満は近場で評判のカレー店にヒナタを連れて行くことにした。ファミレスやお洒落なレストランに連れて行こうとも考えたが、それよりもそのカレー店にヒナタを連れて行きたかった。
そこは、立ち食いであることもあり、女性にとっては抵抗あるものというリスクで断られる可能性も考慮していたが、ヒナタは全く気にしない顔でOKのサインをした。
その店のあるバスセンターの近くまでやってくると、外にいるにも関わらず、そのピリ辛い、美味しそうな匂いが鼻を誘って来た。
バスセンターの薄暗い中へ入ると、すぐに人だかりができている光景が目に移った。
カレーにありつくまでに、券売機までの行列がある。
満は、ヒナタを待たせることになる、と少し顔を曇らせたが、ヒナタは満にお構いなしに、先に行列の最後尾に並んだ。
彼女にとって、行列や立ち食いは苦ではないらしい。
「うわっ、すっごい、うまそーっ!」
「ね、ね。量も凄い入ってるよ!」
「うっはぁー、早く食べたいなぁー」
並ぶ中、ヒナタはすでにカレーにパクつく人の姿を見て、興奮気味に何度も満に話しかけた。
ようやくその手に、黄色いカレーの乗った皿を手にすると、二人は空いた席に皿を置き、スプーンを手に取る。
「いっただきまーす!」
元気にヒナタは手を合わせると、すぐにカレーに食らいついた。
「ん」
ヒナタはカレーを良く味わって呑み込むと、水をごくりと一口含んだ。
「思ったより辛いね。」
「あぁ、けどこれがまた美味いんだよ。」
「今度からここでお昼食べようかなー」
ヒナタはそう言うと、連続でパクパクと口へ運んだ。
ヒナタが手を止めたのは、満が卓上のソースを手にした時であった。
満は、ソースを取ると、カレーに注ぎかけた。
ヒナタは、目を丸くする。
「そ、ソース??」
「ソースかけると、味が引き立つんだ。ほら、あそこの人も見て」
満が目で示した方には、スーツを着た男性が、ソースを手に取り、かけている姿があった。
「最初見た時は、抵抗あったけど、これがハマるんだよ」
「私もやってみよ!」
そういうと、ヒナタもソースの入った入れ物を手に取り、カレーにかけた。
ヒナタはそれをスプーンに大きく取り、口へ運ぶ。
「これ、やばっ!」
笑顔でヒナタが言うと、満も微笑み、カレーに手を再び伸ばした。
その後、満とヒナタは、ゲームセンターでボーリングを楽しみ、再び少しショッピングモールを巡り、ネクスト21へ向かった。
ネクスト21の近くで、バスを降りると、ヒナタの希望で先に近くのアーケード商店街に立ち寄った。
ガラス張りの遠くまで伸びている三画状のアーチの下に立ち並ぶ午後の穏やかな空気を帯びた店々は、野菜や魚などの自然の匂いと活気に包まれていた。
「あっ、ヒナタちゃん!」
ヒナタに連れられるままに歩いていると、横から聞こえた声に、二人は振り向いた。
「あ、どーも!」
野菜を売っていた一人の、ふくよかな中年程の女性にヒナタは気が付くと、負けないくらい元気な挨拶を返した。
「お、ヒナタちゃん。今日は彼氏さんとデートぉ? いいわねェ~」
女性が満の方を一瞥すると、満は軽く挨拶をした。
ヒナタも照れ臭そうに「えへへ」と声を漏らす。
「ヒナタちゃん、また今度うちの店手伝ってよ。ヒナタちゃんの元気な声、あたしも好きだからさぁ」
女性がそう言うと、氷と共に生魚の入った発泡スチロールの箱を抱え運んでいた、同じ歳くらいの男性が会話に割り込む様に入って来た。
「ダメだ。次は俺の店って決まってんだ。」
「いいや、あたしのところ」
二人が揉めていると、初老の女性がヒナタと満の間に現われる。
「ヒナタちゃん、おばちゃんのところもぜひ頼むよ。」
ヒナタは奥にあった店でぽっぽ焼きを買うと、満たちは商店街を後にした。
「ヒナタって、よくあそこ行くの?」
満が尋ねると、ヒナタは、うーん、と人差し指を顎元につけた。
「よく行くほうかな。たまに店番とか頼まれたりしてるよ。面白くて優しい人ばっかりだからさ」
あの商店街ではちょっとした有名人なのか、ヒナタに声をかける人は多かった。
ネクスト21に着く頃には、空は鮮やかなオレンジに色を変えていた。
シーエレベーターと言われる、ガラス張りで展望台のある階まで町の風景を一望できる、エレベーターを乗ると、地面がどんどん離れ、空に体が浮いていくような不思議な感覚が身体を走った。
展望台に到着すると、夕陽に照らされた新潟市が二人を出迎えた。
「うわぁ」
ヒナタはガラスでできた壁に近づくと、手摺に手をかけ、町を見渡した。
町のビルの遥か向こうに見える、東の山々からは藍色の空が吹き出している。
満も、ヒナタの続き、手摺に手をそっと置いた。
しばらくヒナタはその景色を見つめていると、その口元がゆっくりと開いた。
「私……こんな景色みたの初めて」
ヒナタの視線は静止したように、しかし瞳の奥を輝かせながら、町を見つめていた。
「喜んでもらえて、良かったよ。」
満も自然と微笑みが浮かんだ。
時が再び動き出したように、振り向いたヒナタの顔には、優しい、喜色の映った笑顔があった。
「今日はありがとう、満」
ヒナタが言うと、満も肩の力を抜いて、お礼の一言を告げた。
「こちらこそ、ありがとう。ヒナタ」