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 ……い。……先生!


 その声に、ゆっくりと景色が広がると、大きな欠伸(あくび)が一つ出た。

 目を擦っていると、一人の女性が、プリントの山を手に、隣に立っていた。


「先生、また寝ていらっしゃったのですか」

 女性が苦笑して言うと、瞼をぱちぱちとさせ、返事をした。


「あっ、ゴメンごめん。事務局から取ってきてくれたんだね。ありがとう」


 プリントの山を受け取り、机に山積みされた古紙をどけて置くと、マグカップに入った珈琲(コーヒー)を口へ運んだ。


 どうやら、いつの間にか眠ってしまっていたらしい。


 窓からは午後の日が差し込み、穏やかなその日の天気を伝えていた。

 


 珈琲の匂いが消えると、長年に渡って部屋のあちこちに染み込んだ絵の具の匂いや本や古紙の匂いが鼻に入って来た。


 

 あの夜以来、何事もなかったように、日はいつものように訪れた。


 雪奈(ゆきな)結兎(ゆいと)とともに、向こうの世界で学長先生に事件を正直に話し、謝罪した。特にこれといってお(とが)めもなかったようだが、雪奈は、卒業制作をやり直したいと申し出、一年留年して新しい作品を仕上げた。


 満も、結兎に誘われ、その作品を見に行ったが、今まで見たどんな絵よりも綺麗で、どこか優しく、春のように温かい、そんな絵だった。


 結兎もあれ以来、名家にこだわる事をやめ、雪奈の描く絵に対しても、興味を示すようになり、絵で皆を喜ばせたいという、雪奈の夢を応援した。


 ヒナタがいなくなってから少し経って気付いたことであったが、雪奈の魔力の半分はヒナタに移されており、ヒナタが全て持って行ったらしい。


 雪奈の魔力は半分になったものの、そのせいで周りの人は体調を崩す事もなくなり、雪奈は満とともに、教室で人と積極的に接するようになっていった。


 卒業する時には、クラスの皆と思い出を語り合い、泣けるほどにまで感動できたことは、あの孤独だった満達にとって、とても想像できないことであろう。



 満は卒業後、美術大学で絵を描き続け、今では生徒を教える立場に着いている。雪奈もあちらの世界で修行を続け、今では世界を駆け、個展を開いて、その広告が雑誌とともに届くことがある。

 

 今でも、新しい生徒を迎える時や何かお偉いさんの会合があるといった、人と何か話をすることがあるときに、緊張してしまうことがあるが、あの少女の「大丈夫、元気な挨拶だよ」と笑顔で言う声が遠い過去から聞こえるようなことがある。


 廊下ですれ違えば、自分から挨拶をすることも、今では習慣になっている。



 今でも、新潟へ行けば、あの場所を必ず訪れる。


 あの場所は今でも変わらず、平穏で、夕方には、日の光が波に照らされ、美しい景色が心を惹く。


 後ろから声がすれば、またあの子が笑顔で立っているのでは、と思うこともあるが、今ではあの子に負け

ないくらい元気な娘と妻の姿がそこにある。


 特に娘の元気さといったら、中学生になるというに、小学生をそのまま持ってきたようなもので、ヒナタといい勝負だ。

 

 今、大学ではちょうどあの時と同じ、夏の季節が訪れている。

 遠くに入道雲のあるこの青空は、毎年あの時の夏の匂いを風に乗せて運んで来ては、あの時に思い出に(ひた)っている。


 

「あ、この絵、完成したんですね」


 卒業制作の担当を受け持つ生徒は、壁にかけてある額縁の中にある絵を見ていた。


「素敵な絵ですねぇ」

 満が歩み寄り、生徒が微笑み言うと、満は「あぁ」と嬉しそうに頷いた。


 その額縁からは、青い空とそれを映した海のある港を背後に、今にもはしゃぎだしそうな少女が、満達に嬉しそうに笑みを向けていた。


 満と女子生徒も、自然に表情が和らぎ、額縁の向こうにいるその少女に、返事をするように、笑顔をかえした。


こんにちは! 最後まで読んで頂き、本当にありがとうございます!

初めての中編(長編?)小説になりましたが、無事に執筆を終えることができました。最後まで読んでくださった方はもちろん、一話でも立ち寄って時間を割いてくださった皆さんにも、本当に感謝の心でいっぱいです。まだまだ、文章力も低いですが、これから頑張ってあげていきたいと思います。

地元を題材にした物語になりましたが、少しでも行って見たい、新潟ってどんなところだろうという関心を持っていただければ、嬉しいことです。いらしたときは、ぜひ様々な所を立ち寄ってください。

感想・評価、誤字・脱字の指摘等頂けると、嬉しいです。もし何か感じたことがありましたら、ぜひお願いします。

最後になりましたが、『額縁の向こうにいます、君。』を読んで頂き、本当にありがとうございました!


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