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三人は、悪魔へとなり果てたその怪物に呆気を取られるも、ハッとした雪奈はすぐに、命令を下した。
「絵に戻りなさい!」
しかし、悪魔は唸り声のようなものをあげるだけで、微動だしない。
ドラゴンのような翼が生えると、身体もそれに近いものに変形し始める。
「魔力暴走か!」
結兎が杖を持ち、呪文を唱え攻撃するも、悪魔の身体に弾かれるように、魔法は消滅する。
雪奈も、何度か詠唱を唱えたが、悪魔はそれに従わない。
「コントロールできない……」
焦燥が混じった声を震わせる。
その複数の赤い瞳が、雪奈と結兎を向くと、結兎はハッとし、雪奈を抱え、その悪魔の口から放たれた黒い炎を避ける。
パチ、パチと地面が音を立てる。
「実体化し始めている」
結兎がその光景にそう言うと、雪奈はすぐにあの二匹の水竜を召喚する。
水竜は、雪奈が攻撃するよう命令すると、悪魔に向かって体当たりをする。
しかし、悪魔はそれを手で一振りに振り払うと、水竜たちは地面に叩きつけられた。
「どうしよう……私のせいだ」
雪奈が力なく、腕を落とす。
感情が高ぶったせいか、それが使い魔の魔力に影響してしまったのだろう。
雪奈の強烈な負の感情に反応した魔力が暴走し、雪奈のその一瞬の気持ちを表すような黒く、おぞましい姿にそれは姿を変えたのだ。
「こんな……こんなはずじゃ……。ごめんなさい、本当にごめんなさい」
泣き崩れる様に頭を抱える雪奈を結兎は支えた。
「満!」
満の後ろから聞こえて来たその声に、結兎と雪奈も視線を向けた。
「ヒナタ!」
満は、公園に入って来た、その少女の名前を呼んだ。
ヒナタは、雪奈たちに気が付くと「お姉ちゃん」と叫んだが、すぐに目に入った怪物を見ると、すぐに状況を掴んだのか、真剣な表情に変わった。
「満、こいつを止めれば良いんだね」
的確な声かけに、満は頷いた。
「無茶だ! 逃げろ!」
結兎が叫ぶように言うが、ヒナタの目は鋭く、その悪魔を見つめていた。
悪魔は赤い瞳でヒナタを捉えると、無数の牙を光らせ、ヒナタ目がけてその口を勢いよく飛ばした。
喰われる――!
満は目を伏せたが、目の前から聞こえた鈍い音に、そっと目を開いた。
悪魔は、顎元を見せ、首を上に向け、その力に飛ばされると、ひっくり返るように、後ろへ倒れた。
腕を突き上げ態勢を元に戻したヒナタは、格闘技の構えのようなポーズをしていた。
ヒナタが悪魔を圧倒した光景に、雪奈たちも思わず息をのんだ。
「来なよ、化け物」
静かな怒りを帯びたその声に、悪魔は痙攣しながら、上半身を起こした。
「同じ絵から生まれたアンタに、この世界を壊させない」
悪魔は、睨みつけるヒナタを睨み返すかのように目を細めると、金切り声のような声をあげ、巨大な腕をあげ、ヒナタ目がけてそれを振り下ろす。
ヒナタは、腕を引いて、拳を握ると、巨大な腕を目がけて、勢いよくパンチをくらわせる。
その衝撃で、ぶつかった二つの腕から、波動のようなものが円状に空気を振動させると、悪魔の巨大な腕が、メキメキと音を立て、弾け飛ぶように、消滅した。
弾け飛んだその腕の破片は、黒い墨のような液体になり、公園中に跳び、ヒナタも頬についたそれを、ビッと拭い捨てる。
「い、いける」
満は思わず、声を漏らした。
「ヒナタ、行ける! 頑張れぇぇぇぇ!!」
声援を張り上げる満に、ヒナタは振り返る事はなかったが、その構えは「任せて」と言っているようだった。
悪魔は苦しむような声を上げると、額から鋭い角を伸ばし、その角をヒナタに向け、突進するように、頭を突き出す。
ヒナタは、角を十分まで自分に引きつけると、地面を蹴るように跳び、角が地面に突き当たると、ヒナタは悪魔の頭上から足を勢いよく蹴り下ろした。
悪魔の頭は地面に叩きつけられ、閉じた口からは何本かの牙とともに、黒い液体が飛び散る。その折れた牙も地面につくとともに、液状化し、黒い墨のような跡が土に残る。
ヒナタは、飛ぶように悪魔の頭から離れ、地面に着地すると、再び攻撃の構えに態勢を戻した。
悪魔は、悔しそうにヒナタを睨みつけると、耳の奥に直接伝わる金属同士を擦り上げたときのような声を叫びあげる。それに、雪奈たちも耳を手で塞いだ。
飛び散った黒い液体が、再び吸収されるように悪魔の体へ戻ると、悪魔の体は黒い塊のよなものになり、宙へ浮かび上がる。
ぐにゃぐにゃと、それは動き、二つに分裂すると、地面に降り、収縮し始める。
その形が整えあがってくると、それぞれに二つの赤い瞳がギラギラと浮かびあがり、ヒナタを見つめていた。
鎧を着た武者のような姿。
顔は般若に近い鬼のような顔であり、角が二つ生えている。
大人ほどの二つの黒い人影が、同時に腕を振り下ろすと、刀状のものが握った腕から伸びる様に現れた。
「満」
ヒナタが振り返り、満に近づくと、二人の鬼の方を向いて、満に話しかけた。
「満、お願いがあるの。今のあいつらは、さっきみたいな攻撃じゃ、あの固い装甲を破れない。私も何か武器を出せればいいんだけど、変身することしかできない。私が剣になるから、私を使って、満にあいつらを倒してほしいの」
ヒナタがそういうと、満は激しく首を振った。
「無理無理無理無理! 僕、戦ったことないし、すぐに殺されちゃうよ!」
ヒナタは微笑み満の背中を叩いた。
「大丈夫。私が満を絶対守るから」
もう二人の鬼を見ると、恐怖でしかなかったが、ヒナタのその言葉は妙に説得力があった。
もう覚悟をするしかなかった。
「もう、どうとでもなれ!」
OKの意味を含む、その返事をすると、ヒナタは「じゃあ、行くよ」と、剣の姿に変身をした。
淡い光を放つ剣。
それが静かに満の手元に降りると、満は持ち手を両手でギュッと握った。
目の前からは、静かに二人の鬼が剣を持ち、歩いて来る。
満も、臆病まじりで、それを震えながら剣を構える。
鬼が、何か合図があったように、同時に満に向かって剣を構え駆け出す。
満、伏せて!
その声が直接脳に伝わるように聞こえると、満はすぐに上半身を下げた。
右から来た鬼の剣が頭上を抜けると、満は剣を横に振り上げる。
それは満が振ったのではなく、剣に操られるように、腕が勝手に動いた。
鬼の鎧が割れ、黒い墨が一気に噴き出すと、その鬼はその場に剣を落とし倒れる。
右に避けて
言われるままに横に跳ぶと、ギリギリで、もう一人の鬼が振り下ろした刀を避けた。
再び剣が自分の意志で動くようにつられ、腕を振ると、金属の鈍い音が聞こえた。
鬼が刀でその攻撃を防いだのだった。
満は円を描き、横から鬼を攻撃し、鬼は両手で刀を抑え、攻撃を回避する。
連続で夜の闇に銀色の弧が描かれ、その度に金属が擦れる音が響いた。
しかし、鬼の声が響くと、黒い墨が飛び散り、鬼はその場に崩れた。
ヒナタは、鬼が動かなくなるのを見ると、変身を解き、女子高生の姿に戻った。
「し、死ぬかと思った……」
満が腰を抜かすと、ヒナタは、満の背中を支えた。
鬼の形状が再び不定形になり、周囲に飛び散った黒い液体が一点に集まり始める。
「こいつ――」
満は悔しそうに声を漏らした。
結兎と雪奈も、隙を見て、満達に駆け寄る。
「奴はいくら攻撃してもダメだ。すぐに復活する」
結兎が、集まり出す悪魔を見て言う。
「じゃあ、どうすれば……」
「元々、あれも私の絵から生まれた存在。大量の水につければ、きっと消滅するはず。だけど――」
大量に水がある場所。
そこに奴を誘導する必要があった。
この公園から少しした場所に、人工湖があるが、そこまでどう誘うか。それが問題だった。
この公園は長方形状で、奥へ行けばそれがあるが、この悪魔を上手く誘導する手立てがない。
結兎がそう言うと、皆は口を噤んだ。
どうすれば――
「私が」
焦燥と沈黙を切り出したその声に、三人の視線が集まる。
「私が、あいつの中に入って、誘導する」




