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 あの不快なめまいや鈍痛は、数日の間、(みつる)を襲った。


 それは突然に訪れ、そしてしばらく安静にしていれば消える。


 最初のうちは、そんな気にするほどのものではなかったが、その症状はだんだんと、持続時間が長くなっていった。早い時は一分ほどで治まったそれは、酷い時では六時間ほど続く。

 再び診療所に訪れ、念のため、脳の検査も行ったが、特に異常は検出されなかった。

 

 夏期講習も終わり、休みの日に入るも、鈍痛で満は布団で安静にしていた。


「ねぇ、満……」

 横に座っていたヒナタが、静かに声をかける。


「満の症状、もしかしたら、私のせいなのかもしれない。」

 唐突なその言葉に、満は「え」と声を漏らす。

 ヒナタは、スカートをギュッと握ると、静かに続けた。


「前、お姉ちゃんのお兄さんが言っていたじゃない? お姉ちゃん、強い魔力を持ちすぎてるから、周りの人に影響が出ないように、わざと一人になってるって。私も、お姉ちゃんの魔力を受け継いで、生まれた。だから……だからもしかしたら……」


 満は、バッと起き上がると、ヒナタを強く抱きしめた。


「違う、それは絶対に違う。ヒナタのせいじゃない。うっ」


 強い激痛のようなものが頭を突き抜ける様に走る。


 満は、頭を抑えると、すぐに布団の上に倒れた。


「満っ、満!」

 心配そうに叫ぶ、ヒナタを満は静止するように、片手で手を振った、


「大丈夫……大丈夫だから」


 満がそう言うと、ヒナタは、(うつむ)き言った。


「満……私やっぱり、絵の中に帰るよ。」

 

 冷たい何かが胸の底に触れる。

 満は、思わず口を開けたが、声が出ない。


「私、最近ずっと考えてた。お姉ちゃんが、周りに迷惑をかけるって言ってたけど、こういう意味なんだって、ようやく分かった。これ以上私が一緒にいたら、満、もっと体が悪くなっちゃうかもしれない。もしかしたら、死んじゃうかもしれない。満だけじゃなくて、他の人も、この世界も。私、そんなの嫌だよ。」


 ヒナタは、床に落ち始めた水滴の出る場所を手でおさえ言った。


「だけど……、だけどヒナタが絵に帰ったら、ヒナタ消されるんだろ? そんなの……そんなの、僕は絶対に嫌だ。」

 満は体を起こし、ヒナタのもう一つの手を両手で握った。


「僕はヒナタを護るって決めたんだ。消させない。ヒナタは、凄い優しいじゃないか。いつも明るくて、こんな僕にも付き合ってくれて。そんなやつが、悪者なわけがない。消えていいわけないんだよ」


 満の声を弱弱しくさせたのは、満の目にたまった熱いものだった。


「だから、お願いだ。絵に戻らないでほしい。ヒナタと二度と会えなくなるなんて、嫌だよ・……」


「私も……私も満とお別れするのは嫌だよ。だけど、私が一緒にいることで、満が苦しむのを見るのはもっと嫌だ。大好きなこの町、この世界を壊しちゃうのなんて考えたくもない。満、わがまま言ってゴメン……だけど、だけどお願い。私を絵に返して。私に満を、世界を壊させないで……」

 泣き崩れ、ヒナタが嗚咽(おえつ)し、満の胸元に倒れるようにうずくまると、満はヒナタの背中をさすった。そして、こらえきれず、声を漏らして泣いた。


 ヒナタを絵に返さなければならない。


 しかし、ヒナタを死なせたくない。

 

 二つの葛藤が、涙の中、満の胸の中を静かに渦巻いていた。



   *   *   *



「あれ、今日も留守かなぁ」と満が頭を傾げると、ヒナタは扉に耳を当てる。

 満がもう一度、家のチャイムを押すと、そのチャイムの鳴る音だけが、家の中から振動し、扉を伝わり、ヒナタの耳の奥に響いた。


「誰もいないみたい」


「そうかぁ……」


 朝十時ごろ。満は電車に乗り、雪奈(ゆきな)の家を訪れていた。


 家から一時間半ほどで到着したその家は、住宅街の中にひっそりと建っていた。

 雪奈を表すようにシンプルだが、きちんと整った形は、綺麗な家として、満の目に映った。

 

 雪奈のもとにヒナタを送りに来た、というよりは、交渉に来たと言ったほうが適切かもしれない。


 ヒナタと満は、真剣に話し合い、満はヒナタの気持ちを優先したが、それは、雪奈が、ヒナタが絵の中に戻った後、魔力を奪わず、そのままにするということを条件にするという上で合致した。


 それをお願いする事が、本題であった。


 雪奈の家は、結兎に連れられて何度か訪れたことがあり、場所は分かっていたものの、訪れて三日連続の留守という予想外の展開だった。


 家の中からは物音一つせず、いつもより静けさを増していた。

 

「一体どこに行ったんだろう。まさか、ヒナタを探して行き違いになってるとか……」


「いや、それはないんじゃないかなぁ。私が満のリストバンドに化けてた時も、お姉ちゃん教室にいたけど、満に私のこと尋ねて来る様子もなかったし、襲ってくることもなかったから」


 確かに、ヒナタの言う通りだった。


 もしヒナタを探しているようであれば、帰り道にでも満に問い詰めて、いつでも問い詰める機会はあっただろう。


 結兎に関しても、たまにヒナタの様子を尋ねてくることもあったが、満が嫌な顔を見せると、すぐに話題を変え、最近はめっきり、ヒナタを話題に出す事はなかった。


 満は諦め顔で「また、明日来るか」と言うと、ヒナタは立ち止まり、ふと思いついた顔つきで、言った。


「もしかしたら、あそこかもしれない。」


「あそこ?」

 満が、(きびす)を返し、家に背を向け行こうとした足を止め聞くと、ヒナタは頷いた。



「私が、描かれた場所――おばあちゃんの家。」



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