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「ヒナタぁ!!」

 (みつる)は、(のど)の奥から声を張り上げるが、ヒナタはこちらに気が付いていないように、奥の(かど)に姿を消す。

 二匹の水竜がそれに続くと、満は、再びそれを追い駆け出した。

 

 右へ。左へ。


 (はば)む柱の様に現れる人を避け、細い道をいくつも走り、竜を追った。

 ヒナタの姿は遠くに見え隠れするも、やがて前に映る姿は、二匹の竜のみになった。


 竜はヒナタを追っている。


 竜の追う先にヒナタがいる。


 もう満の視界には、竜の姿しかはっきりと映っていなかった。


路地街(ろじがい)を抜け、気が付くと、そこは、人気のない公園に出ていた。

 中央にある外灯が、円状に(あわ)い光を地面へ伸ばしている以外は、夜の闇に包まれていた。


 満が公園に歩き、入ると、二匹の竜が、満にようやく気が付き、振り返る。


「満?!」

 

 地面を見、息を切らすと、頭上から驚いたように名前を呼ぶ、声が二重に聞こえた。


 同じ発音、言葉を言う、二つの少女の声。


 その二つは、どちらも聞き覚えのある声だった。


 顔を上げ、目の前を見ると、外灯の下に二つの人影がある。


 一つは、すぐにはっきりとした。


 声を失ったように、ヒナタが口を開け、こちらをじっと見つめている。


「ヒナタ」


 息を切らしているせいか、声を張り上げることができず、その名前を呼んだが、ヒナタはすぐに満のもとに駆け寄った。


「満、満っ」

 ヒナタは満の肩を揺さぶる。


「ヒナタ、良かった、会えて――」


「――ごめん。」


 ようやく伝える事ができた。


 ヒナタの目は、外灯の光のせいか、(うるお)っているように見えた。


 ヒナタは、首を横に振った。

「私の方こそ、本当にごめん。」


 ヒナタがそう言うと、満も微笑を浮かべた。




「やっぱり……知り合いだったんだね。」



 外灯の奥から聞こえた、その声に、満とヒナタは視線を向けた。


 足元のローファーより上は影に覆われ、よく見えない。


 しかし、それが一歩、一歩と外灯の光の中に踏み入り、満達のほうに近づくと、その姿は鮮明になった。


 マント上の黒いローブに身を包み、右手にはスティックのようなものを持ち、左手で支えている。

 その人物が誰か分かると、満はその名前を口にした。


 雪奈(ゆきな)――


 外灯が完全に彼女を照らすと、そこにはあの小柄(こがら)な雪奈の姿があった。

 雪奈はいつものように、冷静沈着な表情を浮かべている。

 

「何でお前がここに!? それにその姿――」

 戸惑っている満に、雪奈はため息をこぼした。


「あなたなら、大丈夫だと思っていたんだけど、やっぱり駄目だったみたいね。」

 二匹の竜のような生き物は、宙を泳ぎ、雪奈のもとへ近づくと、蛇の頭を撫でるように、雪奈は左肩に浮いた竜の頭に手を乗せた。


「この子たちも、きっと見えているのよね?」

 尋ねる雪奈に、満は静かに頷いた。

 雪奈は、目を瞑り、少し顔を落とすと、再び満の方を見た。


「信じられないだろうけれど、単刀直入に言うわ。私は魔法使いで、この子たちは私の使い魔。」


 魔法使い。

 黒いローブをしていたその姿は、まさしくそれであったが、まさか彼女からそんな言葉が告げられることは予想もしていなかった。

 非現実的な発言に、満は思わず口を開ける。

 何かを言おうとした、満を拒むように、雪奈は話を続けた。


「満、落ち着いて聞いて。私達有栖家は、由緒ある魔法使いの名家で、私はその長女として、こことは少し違う世界、魔法界の学校に通っていた――」

 

 この世界には、私のように、生まれながらにして魔力を持つ者がいる。そういった人たちは、この世界から繋がるもう一つの世界、魔法界の学校に通わなければならなかった。


 魔法と言っても、何か人に悪さをしようとか、絵本に出て来る魔女が使うようなものじゃない。悪魔でも、人々を喜ばし、幸せにすることが現代の魔法使いの目標よ。


 私も兄も、そういった家系に生まれたわ。小学校の時から、この世界と並行して魔法界の学校にも通った。けど、私には一つ問題があった。

 私には、子どもながら持つにふさわしくない、強大な魔力が身体に宿っていた。


 雪奈は、胸元に手を当てた。


 私達が本当に住む、この世界は、魔法界と違って、魔法に対応してできた世界じゃない。

 だから、魔法を使うことに、この世界は脆く、私の持つ魔力は知らず知らずのうちに周囲の人に影響を与えてしまう。

 子どもの頃は、私の友達は、私の魔力の影響を受けて、体調を崩してしまう人が多かった。


 だから、私はこの世界では、できるだけ人と関わらない事に決めたの。



 雪奈が周囲と距離を置いていた理由――。


 長時間、普通の人間が私と一緒に過ごせば、少なからず体調に不良を感じる。


 美術部に入った時、あなたがいるのを見て、一時は退部も考えたわ。

 

 雪奈は過去を思い返すように、静かに瞼を閉じる。

 

 だけど、あなたは体調を崩す事はなかった。


 魔力の影響を受け続けた人は、使い魔とか魔力を持つ人にしか見えない姿も見えるようになってしまう。

私と同じクラスで過ごして、美術室で、私と近距離で過ごしているあなたが、影響を受けていないはずがない。


 だから私は、あなたにあの時に話しかけてみた。

 わざとこの子たちを目の前に出してね。



 満は、雪奈が最初に話しかけてきた、あの時を思い出した。

 あの時は全く気が付くことがなかった。


 二人しかいないと思っていたあの美術室に、今雪奈と共にいる、二匹の竜が一緒にいたなんて――。


 雪奈は、一匹の竜の頭を(さす)った。


「けど、あなたの何も特別な事のない仕草(しぐさ)から、私はすぐに確信した。あなたは、魔力を受けにくい人なんだって。だから、私も気を許すことができた」


「今まで私と一年も過ごして、影響のなかったあなただから、これまで通り私とだけ過ごしていれば、魔力に影響を受けることはなかったと思う。けど――」


 雪奈は、ヒナタのほうに視線をうつした。


「その子と会っていたのなら、話は別。今のあなたが、この子たちの姿が見えてもおかしくない。」


 満は、横にいるヒナタの顔を見た。

 ヒナタは顔をこわばらせ、満の手を握った、白い手は(おび)えるように震えている。


「満、その子は――」



「やめて……」

 ヒナタは雪奈の声を(さえぎ)るように、唇を震わせ言う。

 

「その子は――」

 雪奈は少し声を大きく言い直す。


「やめて……」

 声の震えは増し、雪奈の口がその先を言おうとした時、ついにヒナタは目を見開いた。



「やめてええええええ!!!!!!!!!!!」


 張り裂けるような、今までに聞いた事のない悲鳴に近い声が辺りに(とどろ)くが、雪奈は、容赦なく、ヒナタの避けていたそれを口にした。





「その子は、私の描いた絵なのよ。」




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