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ワルキューレ シリーズ  作者: ヒルナギ
第一章 雪原のワルキューレ
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第九話 意身術と闇水晶

 魔族の女は、漆黒の美神のような裸体で、ジークへ一歩近づく。ジークは再び踏み込んだ。黒い閃光と化した、手刀が飛ぶ。今度は、体にふれる前に、魔族の女が左手を掴む。


「貴様、」


 女は呻いた。ジークの左手は、剣のような形に形状を変化させていた。

 手のひらは、細長くなり、その先端は魔族の女の左胸を貫いている。

 ジークの左腕は、黒砂蟲が擬態をとっているにすぎない。その形態がどのようなものになるかは、ジークの意志しだいである。ジークは自らの意志で、黒砂蟲を操ることができた。虫達は、ジークの腕を流れる微弱な神経電流を感じとり、形態を変化させる。そして、その技を利用し、今魔族の女の心臓を貫いたのだ。

 心臓を貫かれた女は、魔族とはいえさすがに動きを止める。ジークは女にさらに近づき、その腹へ拳をあてた。

 ジークが、無言の気合いを放つ。拳は10センチたらずの距離から、魔族の女の腹へあたった。その瞬間、真紅の爆発がおこった。

 魔族の女が、苦痛の呻き声をあげる。腹部には、子供が通り抜けられるだけの穴が開いていた。白い臓物がとぐろを巻き、地面に垂れる。足元には、赤い肉と血でできた、水たまりがあった。

 体の血肉の、三分の一を失い、心臓を貫かれた女は、その場に崩れ墜ちる。ジークは、後ろに下がった。左手はもとにもどり、人間の手の形状をしている。

 ジークの額は、汗で光っていた。後ろからゲールが、声をかける。


「なんだ、今のは」

「意身術だ」


 ラハン流格闘術の奥義は、意をもって身を御し、意をもって無敵となると言われた。

 すなわち、不随意筋も含めたすべての筋肉を意志の力でコントロールし、身体の持つ全ての力をある一点に集中するのである。

 ジークは100キロを越える、自分の身体の全ての力を右腕にのせた。魔族の女の体は、その衝撃にたえられなかったのだ。

 その右腕による、一撃必殺の技を極意とするラハン流格闘術も弱点がある。極度の精神集中を必要とする意身術は、攻撃の前に一瞬の空白を産む。その瞬間、相手の攻撃を防ぐ為、左腕を鍛えあげるのだ。

 ジークは膝をついた。全ての力を出し切った、代償である。


 ケインは、左手を振った。今度は、魔族の女も動きを完全に見切っている。しかし、誤算があった。今度の剣はさっきより速い。

 魔族の女は、身体の移動だけでかわしきれず、杖で三日月型の剣をはじこうとした。しかし、その剣は杖ごと魔族の女の体を斬る。

 魔族の女の額から胸元、そして下腹に向かい、紅い線が走った。斬られながらも、女は前へでる。ケインの両腕が交差した。

 右手に操られる剣が腹を裂き、左手に操られる剣が足を薙いだ。女の膝から上の体が、滑るように前へ出る。切断された足を後ろに残し、女の体が地に落ちた。そして、上半身から、十文字に血が迸り出る。

 ケインは後ろに跳んで、血を避けた。足を失った女は、腹を抑える。抑えた脇から臓物が、はみ出していく。女は自らの血だまりの中へ、沈んでいった。

 ケインの左手に持たれている剣は、形状は右手で操っているものと同一であるが、色が違う。その剣は夜の海の色のように、暗かった。それは通常の水晶の倍の硬度を持つといわれる、闇水晶で造られている。

 その太陽の沈んだ後の、赤く黒い残照に焼かれる空のような色を持つ剣は、透明な水晶剣よりもさらに薄く、さらに鋭い。その闇水晶の剣は鉄の鎧すら、切断することができた。ただ、それを操るには、肉体の限界を越えたスピードが必要である。

 ケインがその師である、ユンクに学んだ無意識の想念を通じ、身体を操る術によってはじめて闇水晶の剣を操ることが、可能となる。ケインの右腕は、激しく痛みを訴えていた。ユンクの技は、肉体が持つ耐性を越えた速度を要求する。度々繰り返せば、ケインの右腕は筋肉が切れ、一生使いものにならなくなってしまう。それだけの、負荷を要求する技なのだ。

 ケインは両手の剣を袖内に納めると、ジークへ声を掛けた。


「そっちも片づいたか?」

「ああ、楽勝よ」


 ジークは荒い息をしながら、言った。


「おい」


 ゲールが怯びえた声をだす。


「やつら、大したダメージうけてないんじゃないか?」

「冗談だろ…」


 そういったジークは、信じられないものを見た。腹を吹き飛ばされた魔族の女の体は、急速に修復されつつある。腹にあいた穴の中へ、再び臓物は戻ってゆき、穴の回りの筋肉はそれ自体が独立した生き物のように蠢き、穴を塞ごうとしていた。

 もう一人の魔族の女も、切断された足を傷口にあて、再び繋ごうとしている。そしてなにより、魔族達の目は、明白に力を失っていない。憎悪に燃え、金色の炎のように輝いている。

 そして二人の魔族は再び立ち上がった。血塗れの傷口は塞がりきっていないが、もとに戻るのは時間の問題と思われる。

 ケインは、目の前が暗くなるのを感じた。これで復活されては、打つ手がない。


「くそっ」


 ゲールは、30ミリ口径の火砲を、肩付けする。6連の輪胴型弾倉が、付けられていた。ゲールは引き金を引く。

 轟音が二回響き、榴散弾が発射された。二発とも、まだ十分に動くことのできない魔族の顔面に、命中する。

 魔族の頭部が破裂し、真っ赤な飛沫がとぶ。再び魔族は、血の中へ倒れた。幾度か体が痙攣する。


「やったか?」


 ケインが期待を込めて呟いた言葉を裏切るように、顔を失った女達は再び立ち上がろうと、動きだす。


「こりゃあ、残る手は一つしかないな」


 ジークが呟き、ケインが問いかける。


「なんだよ、そりゃ」

「とりあえず、ここから逃げよう」

「もっともだ」


 ケイン達は、部屋の奥へ走り、扉を開くと、回廊へ飛び出した。真紅のカーペットの敷き詰められた廊下を、走り抜ける。

 幾度か、角を曲がるうちに、方向感覚が無くなってきた。ケイン達は、十字路で立ち止まる。

 通路の天井は、とても高い。所々に、光輝く照明がある。それは、人間の女性の頭部を、模して造られていた。夢見るように瞑目した女性の頭の彫像が、目映い光を放っている。

 ジークがその一つに、近づく。熱はあまり感じられないが、光はけっこう強い。


「光石だよ、それは」


 ゲールが声をかける。


「一種の鉱物生命体だね。半永久的に輝き続ける、古代の生き物だ。おれも見るのは初めてだが」

「そんなことより、」


 ケインが言った。


「どちらへ行くんだ、おれたち?このナイトフレイムの地図は、持ってないのか」


 ゲールは、肩を竦める。


「財宝は、下層部にあるとしか聞いてない。下りの階段を探そう」

「できれば、」


 ケインはうんざりした顔で言った。


「魔族は、さっきの連中だけであってほしいな」

「気配が感じられないところをみると、そう沢山いるわけでもあるまい」


 ゲールはどちらかといえば、期待するように言った。


「まあ、要領は判ったじゃん」


 ジークが気楽に言う。


「戦闘力を奪って、2・3発打ち込む。そして、ずらかる。簡単さ」


 ケインは、ため息をついた。ジークの言う通り、今度あったら、さっきと同じことをするしかない。


「行くか」


 ケインが声をかけ、3人は歩きだす。


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