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ワルキューレ シリーズ  作者: ヒルナギ
第四章 冥界のワルキューレ

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第十七話 漆黒の貴公子

 巨大な水槽の中。

 巨人はゆっくりと動く。

 その様は、深海で海獣が身をよじる姿に似ていた。巨人はゆらりと拳を振り上げる。

 その拳が水槽のガラスに叩きつけられた。

 一度。

 二度と。

 水槽に稲妻のような亀裂が生じる。

 ユーベルシュタインが息を呑んだ。


「馬鹿な。ライフル弾でもこのガラスは破壊できないはず」


 しかし、ガラスにひびが走ってゆく。ユーベルシュタインは、再びその小さな身体を兎の耳を持つロボットの中に収めた。

 莫邪が私の隣でバーレットを構える。

 私もそれになにらって、バーレットを構えた。月影も、蝙蝠傘から剣を抜く。ユーベルシュタインの乗ったロボットは床に開いた穴の中へと消えて行く。

 ついに、巨人の一撃の前にガラスが砕けた。水がきらきらと輝きながら、部屋に流れ出してゆく。

 巨人は水の中に立ちあがった。その姿は、まるで深い森の中にある湖の中から生まれ出でた精霊のように美しい。金色の髪は燃え盛る炎のように肩へかかり、その輝く瞳は冬の空の清冽な光を宿す。

 私たちの見ているこれは、なんだろう。

 私は再び、幻覚と現実の区別がつかなくなる。私が私を見つめている。

 どこかで見た景色。

 どこかで出会ったできごと。

 私は。

 夢の中にいる。

 巨人は一歩踏み出した。どこかぎこちない、一歩。ゆっくりと踏み出す。


「おい、アリス!」


 莫邪が叫ぶ。

 気がつくと巨人が目の前にいた。そんなはずはない。だって、巨人はあそこにいたはず。でも、今は私を見下ろしている。目の前で。そんなはずは。

 巨人が。

 手を。

 伸ばす。


「うわあああああああああああああ」


 私は無意識のうちに、バーレットのトリッガーを引いていた。その強力な銃弾は、巨人の胴体を貫く。私の視界が真紅に染まる。

 巨人の血を全身に浴びた。巨人はどさりと私の前に崩れ落ちる。しかし、その瞳は私を見つめ、両の手は恋人を求めるように私に向かって差し出された。

 血が流れる。湧き出す泉の水のように、部屋に満たされた水を紅く染めていった。

私はその真紅の湖に浮かんでるような気持ちになる。青く。そして、紅い。

 巨人が。

 私を見つめて。


「あああああっ」


 私は再び絶叫して、バーレットを撃つ。その反動を押さえきれず、私は水の中に倒れる。私は青く紅いその水の中に溺れた。

 漂う。

 水の中を。

 そして、それは闇を切り裂く稲妻のように、私の心に訪れた。

 判った。私は。思い出した。

 私は立ちあがる。莫邪を。そして、月影を見る。

 私は心に浮かんできたその言葉を、語った。


「私はラーゴスのフレヤ」


 世界が急速に歪み始めた。


◆     ◆     ◆


 青い水と、透明なガラスの破片を撒き散らしながら、水槽が破壊されてゆく。しかし、ヴァルラ様の漆黒の身体は、宙にとどまっていた。その各身体のパーツは淡い金色の光によって覆われている。

 ヴェリンダ様は小声で呪文を唱え続けていた。

 こんな地下奥深い場所でも、ヴェリンダ様は精霊の力を呼び起こしている。ただでさえ、精霊の力がとどきにくいこのデルファイで、しかもこのアンダーランドでその力を使うのはヴェリンダ様でさえもかなり消耗してるはずだ。

 ヴァルラ様の身体が繋がってゆく。

 手が、足が、胴体が宙を動き、繋がっていった。

 闇の中に漆黒の貴公子が蘇る。

 真夜中の太陽のように金色に輝く髪を靡かせ、ゆっくりと床に舞い降りた。

 ヴェリンダ様は、消耗したのか床に膝をつく。ヴァルラ様は、その身体を支えた。


「世話をかけたな姉上」


 ヴェリンダ様は苦笑する。


「全くだ。再びこの地にくることになるとは思いもよらなかったぞ」

「ではいきましょうか」


 ヴァルラ様は闇色の笑みを浮かべる。


「あなたを慕うあの狂人、ガルンを始末しに」


 ヴェリンダ様は眉を曇らせる。


「やつがここに?」

「もちろん。ここはあの狂った男の世界だ」


 私たちは、ヴァルラ様に従って、さらにグランドゼロ・アンダーランドの奥深くへと踏み込んで行く。





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