第十六話 月の巨人
「月には、何体もの眠れる巨人がいた。私たちはその体組織を一部切り取ると、クローン技術を使って地球上で復元した。それがこの水槽で眠る巨人だ」
「そんなことは」
莫邪の言葉をユーベルシュタインが遮る。
「確かに、一切公表されたことは無い。しかし、元々巨人が月に眠っていることを知っているものはいた。それがゼータ機関だ。ゼータ機関は月に人類を送り込むための資金提供を影で行い、巨人の体組織を得ると同時にその資金提供を打ち切った。そして、こんどはその体組織から巨人の復元をするためのプロジェクトを立ち上げたのだよ」
信じがたい話だ。ユーベルシュタインが私たちをこの部屋に招いてから話を始めた理由が判った。もし、巨人を見ないままこんな話を聞いたとしても、とても信じられなかっただろう。
「ゼータ機関が誰の手によって運営されているのかあんたは知ってるか?」
ブラックソウルの言葉に、ユーベルシュタインは首を振った。
「いや。超国家組織であるゼータ機関の中心に誰がいるのかは誰もしらない。太古から存在する秘密結社がその前身らしいが、噂の域を出ない。ただ、ゼータ機関はその巨人が私たちの世界を破壊することを知っていたのは間違いない」
「破壊するって、どういうことや」
莫邪が問いかける。
「巨人は、この世界の物理法則を歪める力を持つ。その力はウィルスのように感染し広がってゆく。もし、巨人が目覚めれば世界は完全に崩壊するだろう」
「なぜ、ゼータ機関はそんなものを地球に持ちこんだんや」
莫邪の言葉にユーベルシュタインは首を振るだけだった。
「それを知るものはいないのだよ。巨人はいずれ目覚める。それに対抗する手段を私は造りあげた。それが」
「小人になることだな」
ブラックソウルは嘲るような笑みを浮かべて、ユーベルシュタインの言葉を遮った。
ユーベルシュタインは、深く静かに頷く。
「時空間を支配する物理法則が安定しないのであれば、それを防ぐために私たちの身体を構成する次元界を圧縮して安定させてやればいい。そのために私はゼータウィルスを造りあげた。そして、そのウィルスに感染したものは身体が縮小する。厳密には身体を構成する原子の五次元以上の次元界を圧縮することにより縮小させるのだ」
「原子そのものを圧縮する?」
莫邪の言葉にユーベルシュタインは頷く。
「その通り」
ユーベルシュタインが厳かに言った。
「これが人類を救う唯一の方法だ」
「おれは知っているよ」
無造作にブラックソウルが言った。怪訝な顔をしてユーベルシュタインはブラックソウルを見る。
ブラックソウルは狼の笑みを浮かべていた。
「ゼータ機関は人類がどうなろうと興味は無い。滅ぼうが生き長らえようが、大した問題じゃない。なぜなら」
ユーベルシュタインは不思議なものを見るようにブラックソウルを見ている。
「巨人を地球上に復活させることだけが目的の機関だからだ。そして、ゼータ機関を支配するものは、巨人をこの宇宙に造りあげた存在でもある」
「馬鹿な」
ユーベルシュタインは戸惑った声を出す。
「もし、そんな存在がいるとすれば」
ブラックソウルは邪悪な笑みを浮かべた顔で頷く。
「そうだ」
ユーベルシュタインは蒼ざめる。
「その存在は人間ではない」
「ああ。おれたちの世界では邪神グーヌと呼ぶ」
「おれたちの世界?」
そのとき。
巨人が。
ゆっくりと。
動きだした。
◆ ◆ ◆
私の全身を青白い火花が覆い尽くす。漆黒の肌に絡みつき電撃の火花を散らすテイザーガンのワイアーは、夜空を走る彗星のようだ。
私は電撃を放つワイアーを引きぬくと、ロボットへと近づく。そのカメラアイに、金属の猛禽をつきつけるとトリッガーを引いた。
轟音。
金色に煌くカートリッジが純白の床に落ち、澄んだ音をたてる。
ロボットは火花を散らしながら、幾度が痙攣した。やがて、装甲の隙間から煙をあげて停止する。
私の後ろでも爆音が響く。ヴェリンダ様がロボットを破壊し終わったようだ。私はヴェリンダ様に声をかける。
「急ぎましょう、ヴェリンダ様。ロボットたちの数が増えてきています。ブラックソウルたちが陽動するのも、そろそろ限界のはずです」
ヴェリンダ様は頷き、走りだす。
白い廊下。
白い壁。
その純白の迷宮を、私たちは黒い風となって疾走する。白い機械人形であるロボットたちは、まだ数体しか出会っていない。おそらく数十体と一度に出くわしていれば、私たちの手にはおえなかったに違いなかった。
何も目印らしいもののない、グランドゼロ・アンダーランドだが、私の頭の中には通路の地図が記憶されている。私は確信を持ってヴェリンダ様を導いてゆく。
そして、その部屋の前についた。
白い扉。一見しただけではその壁に扉があることは判らない。しかし、私の目には、はっきりとその存在を感じ取ることができる。なぜなら、その奥からまぎれも無いヴァンパイア・アルケーの気配を感じるからだ。
しかし、それは酷く微弱だった。なんらかの方法で、家畜どもはヴァルラ様の力を封印しているらしい。そうでもしなければ、魔族の王であるヴァルラ様を封じていられるはずはないのだが。
私は腰につけたウェストバックから携帯端末を取り出す。壁の一部を私は開くと、そこに現れた操作パネルに携帯端末をケーブルで接続する。
私はブラックソウルに教わった通りに、携帯端末を操作した。ため息のような音をたてて、扉が開く。そこは部屋は闇に埋め尽くされていた。
私たちはその闇に満たされた部屋の中に入り込む。闇の中に青く輝くものがあった。
私はその円筒形の仄かに光を放つ物体を見つめる。
それらは水槽のようだ。水槽は全部で五つあった。そして、その水槽の中には、顔が浮かんでいる。青く輝く宇宙に浮かぶ闇色の月のような。それは。
ヴァルラ様の頭だった。
私は息を飲む。
後ろでヴェリンダ様が苦笑した。
「やれやれ、家畜どもも、無粋なことをしたものだ」
水槽の中にはヴァルラ様の身体の各部が分散して収められている。ある水槽には、腕が。ある水槽には足が、ある水槽には胸が。
薄く青く輝く水槽の中で、黒い影のように各身体のパーツが漂っている。
「なるほど、これではいかな我が弟といえ、魔力を使うことはできまい」
ヴェリンダ様は、鋼鉄の拳銃を構える。
「救ってやるぞ、我が弟よ」
金属の猛禽は、闇の中で火を吹いた。




