第八話 魔族との戦い
一方、ジークのほうは、軽くステップを踏みながら魔族の前に立っている。まだ、自分の間合いに入り込む、タイミングがつかめていない。
魔族の女が持つのは、杖である。剣であれば、動きはおのずから限られていた。斬るか、突くしか無い。
しかし、杖であれば、足を払うことができる。槍のように、突くこともできる。メイスのような打撃系の武器のように、叩くこともできる。
しかも、杖であれば、両端で攻撃ができる。一方の攻撃をかわしても、もう一端の攻撃を受けることになる。
ジークとしては、間合いに入りにくい。魔族の女としては、待つ構えのようだ。
ネズミをなぶる、ネコのような気持ちなのだろう。
(えい、いっちまえ)
待てば、体力の衰弱してゆくジークが不利だ。ジークは杖の間合いに飛び込む。
杖がジークの頭部めがけて、左側から襲う。
ジークは素早く踏み込み、鞭のようにしなる黒い拳を、放った。杖がへし折れる。
ジークは、自分の間合いに飛び込んだ。
(いける!)
ジークは、黒い疾風のような手刀を、魔族の女の胸へ突き立てた。確かな手ごたえがあり、指の根元もで胸の中央へ食い込む。
魔族の女は、慈母のような笑みをみせた。
「素敵だわ、お前は。魂の底まで貪ってあげる」
ジークの全身を真冬のような悪寒がはしり、左手をひこうとした。しかし、その左腕は、魔族の女に捕まれている。
ジークは獣のように、咆哮した。右足が跳ね上がり、魔族の女の側頭を襲う。巨大な棍棒のように、ジークの右足は魔族の女の頭を薙いだ。
女は倒れ、ジークは一回転し、距離をとる。左腕が痺れていた。全身が吹雪の中に晒されたように、冷えきっている。
(氷でできてるのかよ、この姉ぇちゃん)
ジークは再び距離を取り、フットワークを使う。魔族の女は当然のように、立ち上がる。人間の女であれば、さっきの蹴りで頭蓋骨を砕かれたはずだ。
白い僧衣の胸元は、真紅の血で染められている。魔族の女は僧衣を裂き、黒い肢体を露にした。美の化身のごとき、裸体である。撓んだ黒い果実のような乳房、金色に輝く下腹の繁み、野生の獣のごとき、生気と緊張感の張りつめた両足の筋肉、それらがジークの目の前に晒された。
胸に刻まれた、赤い亀裂は、ジークの目の前で癒えて行く。瞬きする間に、その傷は消え去った。魔族の女は、僧衣で血を拭う。血を拭った後には、一点の傷もない、完璧な肉体があった。
(さすがに手ごわい)
ジークは呼吸を整え、さらに奥深いところにある力を、呼び覚まそうとしていた。
ここまでくれば、ラハン流格闘術の、奥義を使うしかない。つまり、ジークは、右手を使う決心をした。
(本気になるしか、ないな)
ケインは、間合いを測る。魔族の女はゆっくり近づいて来た。ケインは心の中でイメージを描く。自分の間合いに想像の糸を張り、その糸を右腕につなげる。魔族の女が糸に触れた時、ケインの右手が動くように。
魔族の女が、想像の糸に触れた。ケインの意識を越えたところで、肉体が動き、不可視の水晶剣が空気を裂く。
(とった)
ケインは確かに、魔族の女の体を縦に斬った。しかし、女は突然ケインの目の前に出現する。
「うぁああ」
ケインは絶叫し、後ろへ跳んだ。ケインの斬ったのは、残像である。本当の魔族の女は、想像もつかない速度で透明の剣をかわし、間合いを詰めて来た。
ケインはエルフの絹糸を操り、二撃目、三撃目を繰り出す。杖が旋風のように宙を舞い、透明の剣を跳ね飛ばした。
杖が足を払いにくる。ケインは後ろへ跳び、再び間合いをとった。魔族の女も足を止める。その金色の髪が、赤く染まっていた。袖で、額に垂れてきた血を拭う。
ケインの一撃目は、完全にかわされたわけでは、無かったらしい。
(しかし、もうだめだな)
ケインの攻撃は、見切られた。次に間合いに入ってきた時は、かわされる。
(奥の手を使うか)
ケインは、左手を、ケインの本当の利き腕である、左手を動かす。今度かわされれば、後がなかった。魔族の女の頭の傷は、もう塞がったようだ。そして、女は一歩踏み出す。




