第十四話 兎の耳を持つロボット
アンダーランド=地下世界は酷く静かだ。静寂の世界であり、死の世界でもある。
壁も、床も全て白く、私たちは純白の迷路に迷い込んだような気持ちになった。ここは人間が活動することを前提につくられた場所ではない。というよりも、生命が存在することを前提としていない。
地上の生命から隔離され、異質の、地上の生命史ではありえなかったような生命体を生成するための場所。それがこのグランドゼロのアンダーランドだ。
私と莫邪がバーレットを持ち、月影とブラックソウルを前後にはさみ込む形で移動していく。月影は相変わらず手にしたPDAに表示される情報を見ながら歩いている。
なんの目印もないこの純白の迷宮では、確かにデジタルな情報に基づいて移動しなければ目的地に辿りつくことは不可能だろう。
それにしても。
私はこの生きるものの気配が存在しないアンダーランドに入ってから、奇妙な感覚を感じていた。何かに見つめられているような。
あるいは、誰か懐かしい人がこの先にいるような。
そんな奇妙な感覚。
「あらら、見つかったよ」
月影が暢気な声を出す。
「まあ、しかたないわな、予定通りや」
莫邪はそういうと、円盤状のものを十枚ほどとりだした。
「前後からくるよ」
「はさみうちかいな、やれやれ」
莫邪はその円盤を、五枚づつ前後にばらまく。廊下にばらまかれた円盤状のものから、風船のようなものが膨らんでいった。その風船は人の形を形成してゆく。
警備システムを欺くためのダミーだ。形態が人型をしているだけではなく、体温に相当する熱量も放出しており、心音や呼吸音も偽装している。人型のダミーはモーターに駆動され廊下を動きはじめた。
アンダーランドに侵入した直後にやはりダミーを十個ばらまいたのであるが、結局大した時間かせぎにはならなかったようだ。
通路の前方と後方。
そこから警備ロボットたちが現れた。
アンダーランドはロボットたちの世界といってもいい。人間は生物兵器による汚染を避けるため、必要最低限しかここにはいない。必然的に作業の多くをロボットにまかせることになる。
ロボットたちは、皆白い装甲板に覆われており動く墓標のようだ。白い廊下や壁に解け込んで、何かリアリティの無い幻想的な存在にすら見える。
白い幽鬼とでもいうべきだろうか。
ロボットは、前に三体、後ろに三体現れている。長い手を床につき、類人猿にも似たやりかたで歩きながら移動していた。
私と莫邪はバーレットを構える。
ロボットの肩にとりつけられた自動ライフルが発射された。圧縮されたエアによりワイアーのついた針を飛ばすものであるため、音はほとんどしない。
私たちの前後にあるダミーが炸裂する。ロボットは温度と形態で人間を認識するため、ダミーと人間を見分けることができない。
放出されたワイアーつきの針に高圧電流がながされ火花をちらす。ここでは設備を破壊することを避けるため、銃弾を撃つ銃器を装備したロボットは存在しない。いわゆるテイザーガンとよばれるものが装備されている。
高圧電流を流した針を飛ばし、人体にふれたとたん失神させるというものだ。射程はそう長くないが、十分有効な武器ではある。
私と莫邪は、バーレットを撃った。
轟音が純白の迷宮を満たす。
強力な反動で、眩暈がする。立射には向かない銃だ。しかし、威力は予想通り強力だった。
拳銃弾どころか自動ライフルの銃弾ですら貫くことができないロボットの前面装甲は、バーレットの銃弾にはさすがに耐えれなかったようだ。六体のロボットはあっさり破壊される。
白い幽鬼たちは、青白い火花をあげながら、純白の床へ打ち倒された。
「ちっ、まだきやがるよ」
さらに三体ずつのロボットが前後に現れる。ダミーはもうないが、テイザーガンの射程は短い。バーレットなら余裕で倒すことができる。
突然、両側の壁が開く。ただの壁と思っていたところに、ドアがあったようだ。私たちはさらに二体のロボットに左右を挟まれた形になる。
「くそっ」
莫邪と私たちはバーレットを撃つが、左右のロボットまで手が回らない。
ブラックソウルは腰からデザートイーグル50AEを抜くと、至近距離でロボットに発射した。12.7ミリという最大のマグナム拳銃弾がロボットのカメラアイを直撃する。
一体のロボットは動きを停止した。
月影は背中から蝙蝠傘をとる。
柄の部分を傘から抜くと、そこに現れたのは細身の剣だった。
ただ、刀身が半ばで断ち切られている。月影は、そのブロークンソードを一振りした。
白いロボットは動きを止める。
その胴体の上半身がゆっくりずれていく。胴を両断されたロボットは、床に倒れた。
ブラックソウルは口笛をふいた。
「すげえな」
『刀身の中に、チタンクロームのワイアーを工業用ダイアモンドでコーティングした、ワイアーソウが仕込まれてる』
ゴスロリ人形が解説した。
私たちは全部で十四体のロボットを破壊したことになる。ただ、ここにはさらに倍以上のロボットがいるはずだ。
「先が思いやられるで」
莫邪がぐちりながら、バーレットの弾倉を交換する。
「また、くるよ」
「速いな」
PDAをチェックした月影の言葉に、莫邪と私はバーレットを構える。
「待って、今度は一体だけだ」
「なんやて」
私の前方に、ロボットが姿を現す。反射的に私はバーレットの狙いをつけた。
「撃たないで」
月影の言葉に、私はトリッガーを引くのを思いとどまる。そのロボットはさっきの警備ロボットと異なるタイプのようだ。テイザーガンを装備していない。
その形態は、動くドラム缶に似ている。手足はついておらず、下部についたタイアで移動しているようだ。
その頭にあたる部分には液晶ディスプレイとカメラアイが装備されている。二本の白いアンテナが液晶ディスプレイの後ろからつきだしており、兎の耳を思わせた。私は銃を降ろす。私たちにそのロボットを通じてコンタクトをとりたいものがいるようだ。
私たちと2メートルほどの距離を隔ててロボットは停止した。同時に液晶ディスプレイに光が灯り、青く輝く。
その青い画面上にぼんやりと人の顔が浮かびあがった。カメラの焦点があっていないぼやけた画像ではあったが、人の顔であることは判る。おそらく男性、そして初老の男のようだ。
ロボットは語りはじめた。
『ようこそ、グランドゼロ・アンダーランドへ』
莫邪が肩を竦めて答える。
「楽しませてもらってるで。中々アトラクションが豊富やな」
『それは何より。私はここの責任者、クライン・ユーベルシュタインだ。君たちに休戦を申し出に来た』
「なんやて」
莫邪が目をむく。ブラックソウルは薄く笑みをうかべていた。
『我々の戦力では君たちを阻止できないことが判ったのでね。無用なことはしたくない。このロボットが君たちを私のところまで案内する。そこで君たちの望みを聞こうではないか』
莫邪は鼻をならすと、ブラックソウルを見る。罠とすればあからさますぎた。といってユーベルシュタインのいうことをそのまま受け取る気にもならない。
「いいだろう」
ブラックソウルは薄く笑みを浮かべたままいった。
「あんたと会おう。それから取引をしようじゃないか」
『ありがとう。ではついてきてくれ』
男の姿が消える。ディスプレイに青い光が戻った。
青い光。
その光が突然、私の心に突き刺さった。
あたりに青い光が満ちてゆく。いや、それは青く輝く水だった。アンダーランドの白い廊下を青く輝く水が満たしていった。私はその水の中に飲み込まれる。
水の中を。
漂う。
「おい」
莫邪が私の肩を掴んだ。私は幻覚から目覚める。
「どうしたんや?顔色がみょうやで」
「なんでもない」
私は首を振った。私たちは兎の耳を持つロボットの後を追って歩きだす。




