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ワルキューレ シリーズ  作者: ヒルナギ
第四章 冥界のワルキューレ

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第十一話 月影盗賊団

 いつもの白昼夢が訪れる。

 夢に近いが、夢そのものではない。眠っている訳ではないのだが、イメージが心の中に満ち溢れてそれを明確に見ることができる。

 いつも繰り返し見るイメージ。

 それは、幼いころから何度も見たことがあるもののような気がする。ただ、ここゾーンに入って以来その頻度が増えていた。

 私は水の中を漂う。青い世界。それはどこか暗い海の底のような場所なのだが、水は薄ぼんやりと青い光を放っている。私は青い世界を漂っていた。

 そして、私はいつか光に向かって落ちてゆく。輝く光の中へと私は吸い込まれる。

その光の中に人影を見出す。

 その人影は。

 私の顔をしていた。


「おい、アリス」


 私は呼ばれて、白昼夢から目覚める。私の隣の運転席に座る男。私の雇い主。黒い髪のその男は、野性的な笑みを私に向けていた。


「ついたぞ。そこのビルだ」


 私たちは、ワゴン車を降りる。

 ゾーン。

 広大な廃墟。崩壊したビル群が、昼下がりの陽光に晒されている。私たちはビルのひとつに向かう。比較的にきちんとした状態を保っている、十階だて程度のビルだ。

 一階は何か店舗があったらしいが、今ではがらんとした空洞にすぎない。かつては何かの商品が並べられていたかもしれないその場所は、剥き出しのコンクリートを晒しているだけだ。そこに何人かの浮浪者が寝そべっているが、私たちに興味を示す様子はない。

 私たちはその空洞を横目で見ながら、階段を登る。目的地は、そこの二階だ。

 階段を登ったところのドアの前に立つ。私の雇い主は、そのドアをノックした。


「どうぞ」


 声に促される形で私たちはその部屋に入る。酷く無防備な気がした。

 おそらくこの街は噂に聞くとおり、そういう場所なのだろう。テロリストや犯罪者が、基本的に互いに干渉しあわないという暗黙の了解が存在する街。つまりゾーンの外で対立しあっていても、この中では攻撃しあわないという場所。

 そもそもここは無政府区域なのだからあらゆる公共機関が存在していない、よってここで生きていくには、なんらかの形で協力し合わなければならない。もしここで暗黙のルールを無視して戦闘を始めれば、ここのネットワークから締め出されることになる。それはこの街から排除されるのと同じことだ。よって相互不可侵の、暗黙の了解が成立する。

 だからこそ、非合法組織がビジネスのためのオフィスを構えるのにうってつけの場所ということになるわけだ。余計なコストをかけず、シンプルなオフィスを用意できる。それは全ての組織にとってメリットのあることだった。

 私たちの入ったその部屋は、思ったより広い。家具がほとんど存在しないためそう思うのかもしれない。

 剥き出しのコンクリートの床には、無造作にソファが向かい合う形で置かれている。

そのソファに腰をおろしている人物がこの部屋の主らしい。

 整った顔だちと肌の肌理から判断すると、女性のようだ。ただ、髪を短く刈りこんでおり、身につけているものもアーミーグリーンのTシャツにグレーの作業ズボンというスタイルなので、女性らしさは皆無であったが。

 その女性は引き締まった精悍な身体を持っている。そして、目をひくのは左手。漆黒の義手を装着しているらしく、黒い金属質の質感を持っていた。

 奥のほうにはOAデスクが置かれている。その周囲には数台のサーバーやルーターを格納しているらしいラックが数機設置されていた。

 OAデスクには液晶ディスプレイのデスクトップパソコンが置かれている。その前にもう一人座っていた。

 顔だちはとても美しい。はっ、と息をのむほど可憐で繊細な感じの美貌だ。黒い髪に、黒い瞳、そして黒い服を身につけている。なぜか黒い蝙蝠傘が傍らに置かれていた。性別はよく判らないが、体格はどうも男性のように見える。

 美少年、というほどには若くない。美青年といったところか。


「あんたが、三日月莫邪さんか?」


 私の雇い主の問いかけに、ソファに腰掛けた女性が答える。


「そうや」

「おれが連絡したブラックソウル。そして、こっちが」


 雇い主、ブラックソウルが私を指し示す。


「おれが雇っている傭兵のアリス・クォータームーン」


 三日月莫邪は、自分の前のソファを指し示す。


「まあ、座ってくれ。ミスタ・ブラックソウル」


 ブラックソウルは苦笑した。


「ミスタはいらない。ブラックソウルでいい」

「そうか、こっちも莫邪と呼んでくれればいい」


 私たちは、莫邪の前に腰を降ろす。


「しかし、思ったより若いな」

「これでも二十歳や。若いのはお互い様やろ、ブラックソウル」

『おーい』


 莫邪の後ろのOAテーブルから声がかかる。


『こっちは紹介なしですか?』


 ブラックソウルは困惑したように眉をあげる。

 何しろ、喋っているのが人形だからだ。

 OAテーブルの前に座っている美青年。その前には身長四十センチほどの着せ替え人形が座っている。その人形は金髪で可愛らしい笑みを浮かべているが、そのスタイルは黒尽くめに白レースフリルを多用したゴスロリふうだ。

 そのゴスロリ人形が喋っている。どう考えても、実際に喋っているのは美青年なのだろうが、腹話術とは少し違っていた。そのゴスロリ人形にはスピーカーが内蔵されているようだ。おそらく青年の喉に筋肉の動きを感知して声を組み立てるシステムが、埋めこまれているのだろう。


「あの、」


 青年がすまなそうに言った。


「すみません」


 莫邪は肩を竦める。


「あいつは、ほっといていい。ややこしいから」

『ややこしいって、ちゃんと説明しろよ』


 ゴスロリ人形は可憐な笑みを浮かべ、幼い少女の声でしゃべる。生きているようにすら思えた。

 莫邪は、青年のほうを見ずに言った。


「相棒の月影喜多郎。以上」

『以上、て。おれは月影愁太郎。よろしくね』


 人形が可愛らしく言う。青年はぺこりと頭をさげた。


「よろしくお願いします」

「って」


 ブラックソウルは珍しく困った顔をしていた。


「もう少し、説明が必要だと思わないか」


 莫邪はため息をつく。


「ややこしいんだよ、あいつは。あまり触れたくない」

『ややこしいとは、失礼だね』

「すみません、説明します」


 喜多郎は、あまり感情を感じさせない、消え入りそうなか細い声で言った。


「あの、愁太郎は双子の兄なんです。昔、肉体を無くしたんですけど、精神は僕の心の中に残っているんです。精神だけになったんで喋れなかったんですけど、この人形を使ってしゃべれるようにしたんです」

「なるほど」


 ブラックソウルはため息をついた。


「ややこしいな」

「だからゆうたやろう。とにかくそっとしておいてくれ、あいつは。それはそれとして、外人さんの傭兵かい。しかも金髪で青い目とはな」


 莫邪は私を見つめる。私は苦笑した。


「珍しくないだろ、特にこの街では」

「アジア系、インド系、イスラム系というのは珍しくないけどな、純粋な白人というのは珍しい。むしろ黒人のほうが多い」

「へえ。初耳だ」


 私は肩を竦める。


「それで?白人はUSAのスパイにでも見える?人種差別は勘弁してくれ。ちなみに言っておくが私はアイリッシュだ」


 ふん、と莫邪は鼻をならす。


「それでや。あらかじめ言っておくけど、おれたちは月影盗賊団、ひらたく言えば泥棒や。殺しはおれたちの仕事やない。そういうのはクォータームーンさんにおまかせする」

「アリスでいいよ」


 私の言葉に莫邪は頷く。ブラックソウルが言った。


「人間だけが相手ならそもそもあんたらには頼んでいない」

「まず説明してもらおうか」


 莫邪はブラックソウルを真っ直ぐ見る。


「おれたちにどこから何を盗ませる気や」

「おれたちの行く先はグランドゼロ」


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