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ワルキューレ シリーズ  作者: ヒルナギ
第四章 冥界のワルキューレ

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第九話 ブラックソウル

 私は、エリウスを探すため魔道を使う。

 ここでは、魔道はうまく作動しないといわれる。

 といっても完全に作動しないわけではなかった。精霊たちは風にのせて様々な音を運んでくる。

 その精霊たちの運んでくる音の中から、エリウスの気配を探す。容易ではない。私のやろうとしていることは、無数のささやき声の中からたった一人の人間の声を聞き分けようとするのと同じことになる。随分と時間がかかりそうだ。

 ふっ、と。

 私はその音に気づく。

 エリウスではない。

 しかし、別の世界を知る者。

 私と同じところから来た者がいる。

 音楽にのせられた声。それは間違い無く、私が知っている者の声だ。

 私はその音楽を求め、夜の街を彷徨う。

 夜の街。私は音楽に導かれるまま、そこを歩いてゆく。まるで深海のように暗く密度が濃いが、真夏のジャングルのように豊穣で鮮やかな空間。

 そこを歩く者たちは酒や麻薬に酔い、緋色や群青の原色をそのまま使った布切れに身を纏っている。目のうつろなものも、肉食獣の瞳をしたものも、あまり私に関心を持たない。私が気配を断ったせいだ。

 屋台が建ち並び、どぎつい色の食材や獣の頭、鈍く光る鋼鉄の武器や派手なパッケージの麻薬入り煙草や酒、そうしたものが無造作に売られている市を通りぬけてゆく。

 暗く熱い空気がねっとりと淀んでいた。

 派手な格好をした人々が叫びあい、語り合い、楽器を奏で歌っているが、私の耳にはその音は入ってこない。私は遠くから聞こえるその音楽に集中し、引き寄せられていた。

 時折、道端に人間がころがっている。生死は不明だったり、あからさまに血を流していたりするが、どちらにせよ私には興味が無い。そのまま無視して通りすぎる。

 音楽は、アリアドネの糸のように私を導いていた。夜の闇。その闇の彼方から聞こえる呼び声のようだ。

 街の賑わっているところから少し外れる。すると音楽は強度を増した。

 立ち並ぶ廃墟と化したビルたち。鉄骨を剥き出しにし、瓦礫に埋もれたかのように見えるその建物たちは、現代芸術のオブジェのようでもあり、太古の王の墳墓のようでもあった。

 廃墟に漂う闇の中に、人間とも獣ともつかない薄汚れた姿の者たちが蠢いている。

しかし、気配を断った私には興味を示さないようだ。

 私は、さらに廃墟の奥へと入ってゆく。

 唐突に。

 その巨大な倉庫は姿を現した。大きな箱のように窓が無い建物。周りに、黒尽くめのファッションに身を包んだ若者たちがたむろしている。音楽は間違い無く、その巨大な倉庫の中から聞こえていた。

 私は、革の拘束衣を思わせるハーネスやベルトのやたらとついたファッションの若者たちの間を、通りぬける。何かに取り憑かれたような隈のある目をした若者たちは、私をじろりと見つめるが興味を持ったふうでもない。

 倉庫の壁には、派手な壁画が描かれている。自動ライフルで武装した天使、ドレスを来た死神、鋼鉄のバイクに跨る女神、廃墟に立つ巨神。そうした絵が派手な色で描かれていた。

 私は、その倉庫の扉を開く。

 くらい通路が真っ直ぐ伸びている。

 その通路の入り口に黒い革のロングコートを着た、体格のいい黒人の男が立っていた。目つきは危険なほど鋭いが、なぜか聖職者を思わせる静けさを身に纏っている。


「もうギグは始まっているぜ」


 黒い男はそういって私をじろりと見る。私はUSドルの札を差し出す。男は無造作に数枚取り上げると、道をあけた。

 私は通路を歩く。音楽が近づいている。私の胸は高まった。この高揚は、まるで恋人に会いにいくかのよう。

 私は、最後の扉を開く。

 轟音。

 想像を絶する大音響が私を包み込んだ。

 暗くて広いその場所は、いかれた格好をした若者たちで満ち溢れている。ハロウィンパーティーに迷い込んだようだ。広大な場所は妖魔や魔導師のスタイルをしたものたちで、隙間なく埋められている。

 轟音は凄まじい。

 音で床が振動しているのが足に伝わってくる。

 その振動で足が震えた。全身が音の圧力に握り締められるのが判った。

 リズムを刻む、凄まじいビート。巨大な龍の体内に入りこみ、その心音を聞いているようだ。

 倉庫を満たした若者たちは、海底で揺らぐ死体のように身体を動かしている。奥に設置されたステージの近くには、半裸の女の子たちが踊り狂っていた。闇の中で蠢く白い肌は、深海を遊弋する鮫の腹を思わせる。

 倉庫全体が振動し揺らいでいた。音がそこにいる者たちを結びつけシンクロさせている。

 不思議な一体感。魔法のような瞬間。

 ステージの上にはその男がいた。黒い髪をして嘲るような笑みを浮かべ、巨大なデジタル機器を身体の一部として操り音をコントロールしている男。獣の咆哮のような歌を歌い、音楽を操ってここにいる者たちを思いのままに動かしている。

 その男を。

 私は知っている。

 奇妙なことにステージの上には、デジタル機器の間に十字架の掲げられた祭壇があった。その上には大きな棺桶がおかれており、まるで祭儀上のようだ。このギグは誰かの葬儀だとでもいいたいのだろうか。

 ここに来て身体を揺らし、踊っている者たちはそんなことを気にしている様子はない。彼らはまるで死の天使に導かれ、地獄に向かう亡者の群れのようだ。

 海水のようにその倉庫を満たした轟音の他に、意識のチャネルを変えると様々なささやき声が入ってきた。私はその亀裂から染み出る清水のような囁きに、意識のチャネルを合わせてみる。


(あいつ、知ってるの?)

(ああ、ボーカルの? 有名じゃん。ブラックソウルっていう)

(ブラックソウル?)

(何それ、だっせえの)

(バカじゃん)

(しらねぇのかよ、あの伝説)

(伝説う?)

(黒人のさあ、元SEALSかなんかの兵士で、中東で何百人と人殺した男がやつの歌きいて、言ったんだってよ)

(なんて?)

(やつにはブラックのソウルがある)

(ぎゃっはっはっ)

(ひっでぇ、まじかよ)

(ひーっ、ひっひっ。腹いてえ)

(バカすぎ)

(なんかそれ聞いて本人よろこんでさ、おれのことはブラックソウルって呼べって)

(だっははははっ)

(げらげらげら)

(痛すぎだぜ、そりゃ)

(自称なの? 頭悪すぎじゃん)

(その黒人、麻薬でらりって死んだらしいけどね)

(あのへっぽこヒップホップがブラックのソウル?)

(あっははははは、死ね一度)


 ブラックソウル。

 その言葉が私を貫く。

 その言葉は私の心を甘やかに蹂躙している。

 私は気がつくとステージの前まで来ていた。周りには半裸の女たちが深海で歌う魔女のように身を揺るがせ踊っている。

 ブラックソウル。まぎれもなく我が女王、ヴェリンダ様の夫である家畜。この邪な家畜は私を呼んだのだ。

 ブラックソウルは私を見ていた。邪悪な瞳。唇にはりついた嘲笑。

 突然。

 音が死んだ。



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