第七話 死霊の都
迷宮の通路の果て。
そこは、巨大な地下ドームがあった。
球形の天蓋に覆われた、広大な薄明の世界。岩盤で造られているらしい球形の天井は、闇に覆われ夜の空のように見える。
地上付近は、薄っすらとして光があり、かろうじてあたりを見ることができた。足元には真っ直ぐ道が伸びており、その先には円形の祭儀場のような場所がある。その道と祭儀場の周りには水で満たされていた。
湖、というほどには深くなさそうだが、池というには広大すぎる。広大な湿地帯というべきだろうか。そこには、あまり地上ではみたことのないような、水棲植物が満ち溢れていた。
人間の身体くらいあるであろう巨大な花びらを持った異形の花や、透明の覆いに囲われた銀色で複雑な形態を持つ植物。そうしたものが暗い水の上に、微かな光を放ちながらぼんやり浮かびあがっている。
そこはこの世のものとはとうてい思われないような、幻想的な空間であった。バクヤはその静寂さに、死の世界を感じ取る。実際、その湿地帯には墓碑のような石柱が無数に並んでいた。おそらくここは、アルケミアの墓地なのだろうとかってに思う。
ヌバークは先頭に立ってその湿地帯の中心にある祭儀場に向かった。生きて動くものの気配は存在しないが、バクヤはなぜか見つめられているような気配を感じる。おそらく無数の墓碑が無言の気配を発しているのだろう。ある意味、バクヤはここへ侵入してきた存在だ。何かその異質な存在に対して静寂の抗議を行っているような気がする。
「判っているとは思うが」
前をいくヌバークが、唐突に言った。
「ここは、アルケミアの墓地だ。我々の始祖の霊が眠っている。彼らはここにバクヤ、おまえが来たことを快くは思わないだろう。だが、恐れることは無い。彼らには何かをするような力は無いから」
バクヤは憤然と言った。
「恐れるやて、そんなことはない」
けど、と思わずバクヤは言葉を続ける。
「しんきくさい場所やな、しかし。まあ、墓地ゆうのやったら、しゃあないやろうけど」
ヌバークはくすりと笑って頷く。
「確かにそうだが、しかたあるまい」
そして祭儀場につく。
円形の祭儀場の中心には、祭壇が設えてある。おそらく、葬儀を行うときに使用するのだろう、とバクヤは思う。
祭壇。
黒曜石のように黒い石でできている円形の舞台のようなものだ。人間の腰くらいの高さであり、四、五人の人間が上に乗るのが精一杯の広さというところだろうか。
ヌバークはひらりと軽い身のこなしで、祭壇にのる。そして、儀式をとり行う司祭のように、バクヤたちを見渡す。
ヌバークは、厳かに口を開いた。
「知っているとは思うが、私たちがこれからゆくデルファイとは死霊の都とよばれる場所。つまり、死者たちが集い作り上げた世界」
聞いてないで、と思ったがバクヤはとりあえず黙って聞いておくことにした。
「本来でデルファイへ行くには、死ななければならない。ただ、一つだけ生者としてデルファイへ行く方法がある。それが、この場所より入りこむやり方だ。ヴァルラ様はここよりデルファイへ向かわれた。つまり、生者として死霊の都へ入られた」
とん、とヌバークは祭壇を蹴る。
「ここへ乗ってください。デルファイへの道を開きます」
バクヤとエリウス、そしてフレヤが祭壇にのった。ヌバークは呪文の詠唱を始める。
ぞくり、とする感触が足元に走った。バクヤは足元を見る。黒曜石と思っていた祭壇が揺らいでいた。それはゼリー状のものの上に乗った感触というべきだろうか。
一人祭壇の外に残ったロキが手を振る。
「幸運を祈る」
ロキがそういった瞬間、突然足元の感覚が消えた。
落ちる、と一瞬バクヤは思う。それは水に呑みこまれてゆく感触に似ていた。ただし、満ち溢れてきたのが水では無く闇だ。
闇に。
呑まれる。
バクヤの意識は墜ちていった。




