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ワルキューレ シリーズ  作者: ヒルナギ
第四章 冥界のワルキューレ

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第五話 白い肌の獣

 鉄格子はついに、白い肌の獣たちが超えられるところまで降りてきた。

 白い肌の獣は、鉄格子を乗り越えると鉄の牙をがちがち鳴らし、獣の咆哮をあげながらこちらへ向かってくる。バクヤは動かぬ左手を下げたまま、それでも右手で構えをとった。

 唐突に。

 白い肌の獣の首が落ちる。

 首の無い死体が、床に落ちて跳ねた。

 次々と。

 胴を両断され。

 頭を割られ。

 両手を切り飛ばされ。

 身体を縦に切り裂かれ。

 白い肌の獣たちは、切り刻まれてゆく。丁度エリウスの前に目に見えない壁があり、その壁に触れたものが裁断されていくように見えた。

 瞬く間に。

 身体を切り刻まれた白い肌の獣たちの死体が積み上げられてゆく。

 それは障壁となって白い肌の獣たちの行く手を阻んでいるようだ。しかし、白い肌の獣たちはその死体の山を乗り越えて近づこうとする。

 そしてまた、切り刻まれた。

 バクヤはエリウスを見る。

 殆どその剣は動いているように見えなかったが、まちがいなく白い肌の獣たちを斬っているのはノウトゥングだ。

 バクヤはエリウスの瞳の奥に、黄金の光が灯っているのを見た。バクヤはそれに魔道の力を感じる。

 バクヤはうめいた。

 エリウスに畏怖を感じてしまったためだ。

 いや、それはエリウスでは無かった。エリウスは既に心の奥へ引きこもってしまっている。今目の前にいるのはもっと恐ろしく、邪悪な存在。

 そう、おそらくエリウスが指輪の王と呼んでいた者。

 中原の最も古き王国にふさわしい、冷酷にして邪悪な存在。その者が今エリウスの身体とその力を操っている。

 死体の山が築き上げられ、ついに白い肌の獣たちは全て死んだようだ。


「おい」


 バクヤは、エリウスの肩に手をおく。

 ぞくりと。

 バクヤの背筋が凍る。

 そのあまりの美しさに。

 その瞳に宿った黄金の光の邪悪さに。

 バクヤは恐怖を感じた。


「エリウス、お前…」


 唐突に、瞳に宿った黄金の光が消える。春の日差しを浴びながらまどろんでいるような、表情がもどってきた。


「なあに、バクヤ」


 バクヤは言葉につまる。どう声をかければいいのか判らなかった。

 今のエリウスを支えているのは、とてつもなく邪悪な力だ。しかし、それを捨て去るのはエリウスにとって死を意味している。それがどのようなものであろうと、エリウスは乗り越えていかねばならない。

 バクヤには何も言えなかった。

 ただ、エリウスの肩に手を置いたままじっと見つめるだけだ。

 エリウスは無邪気な笑みを返している。


「おまえ、なんともないのか?」


 バクヤはかろうじて、それだけ言った。


「うん」


 エリウスはにこにこと笑う。


「多分、僕にはねえ、もう感情というものが」

「おい、バクヤ、エリウス何している」


 ヌバークが声をかけてくる。扉が開いていた。


「迷宮に戻るのか?」


 バクヤの問いかけにヌバークは頷く。


「それしかない。ここにいても仕方が無い。とにかくヴァルラ王を救うために、デルファイへ行かなくてはならない。デルファイへの入り口はこの迷宮の中にある」


 バクヤはうんざりした顔で言った。


「扉を開けたのは、ウルラだろう。迷宮に戻ったらウルラの罠の中に入るだけやないけ」

「では」


 ヌバークは冷たい声で言った。


「おまえはこのまま、ここに残っていろ」


 バクヤは死体の山を見て肩を竦める。


「選ぶほど道が無いということやな」


 せめて肉体が回復するまで休息をとりたい。しかし、ここで休ませてもらえるとも思えない。


「まえに進んだほうがまし、てことだよね」


 エリウスがみょうに明るく言った。バクヤはため息をつく。


「ま、そういうこっちゃ」



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