第五話 白い肌の獣
鉄格子はついに、白い肌の獣たちが超えられるところまで降りてきた。
白い肌の獣は、鉄格子を乗り越えると鉄の牙をがちがち鳴らし、獣の咆哮をあげながらこちらへ向かってくる。バクヤは動かぬ左手を下げたまま、それでも右手で構えをとった。
唐突に。
白い肌の獣の首が落ちる。
首の無い死体が、床に落ちて跳ねた。
次々と。
胴を両断され。
頭を割られ。
両手を切り飛ばされ。
身体を縦に切り裂かれ。
白い肌の獣たちは、切り刻まれてゆく。丁度エリウスの前に目に見えない壁があり、その壁に触れたものが裁断されていくように見えた。
瞬く間に。
身体を切り刻まれた白い肌の獣たちの死体が積み上げられてゆく。
それは障壁となって白い肌の獣たちの行く手を阻んでいるようだ。しかし、白い肌の獣たちはその死体の山を乗り越えて近づこうとする。
そしてまた、切り刻まれた。
バクヤはエリウスを見る。
殆どその剣は動いているように見えなかったが、まちがいなく白い肌の獣たちを斬っているのはノウトゥングだ。
バクヤはエリウスの瞳の奥に、黄金の光が灯っているのを見た。バクヤはそれに魔道の力を感じる。
バクヤはうめいた。
エリウスに畏怖を感じてしまったためだ。
いや、それはエリウスでは無かった。エリウスは既に心の奥へ引きこもってしまっている。今目の前にいるのはもっと恐ろしく、邪悪な存在。
そう、おそらくエリウスが指輪の王と呼んでいた者。
中原の最も古き王国にふさわしい、冷酷にして邪悪な存在。その者が今エリウスの身体とその力を操っている。
死体の山が築き上げられ、ついに白い肌の獣たちは全て死んだようだ。
「おい」
バクヤは、エリウスの肩に手をおく。
ぞくりと。
バクヤの背筋が凍る。
そのあまりの美しさに。
その瞳に宿った黄金の光の邪悪さに。
バクヤは恐怖を感じた。
「エリウス、お前…」
唐突に、瞳に宿った黄金の光が消える。春の日差しを浴びながらまどろんでいるような、表情がもどってきた。
「なあに、バクヤ」
バクヤは言葉につまる。どう声をかければいいのか判らなかった。
今のエリウスを支えているのは、とてつもなく邪悪な力だ。しかし、それを捨て去るのはエリウスにとって死を意味している。それがどのようなものであろうと、エリウスは乗り越えていかねばならない。
バクヤには何も言えなかった。
ただ、エリウスの肩に手を置いたままじっと見つめるだけだ。
エリウスは無邪気な笑みを返している。
「おまえ、なんともないのか?」
バクヤはかろうじて、それだけ言った。
「うん」
エリウスはにこにこと笑う。
「多分、僕にはねえ、もう感情というものが」
「おい、バクヤ、エリウス何している」
ヌバークが声をかけてくる。扉が開いていた。
「迷宮に戻るのか?」
バクヤの問いかけにヌバークは頷く。
「それしかない。ここにいても仕方が無い。とにかくヴァルラ王を救うために、デルファイへ行かなくてはならない。デルファイへの入り口はこの迷宮の中にある」
バクヤはうんざりした顔で言った。
「扉を開けたのは、ウルラだろう。迷宮に戻ったらウルラの罠の中に入るだけやないけ」
「では」
ヌバークは冷たい声で言った。
「おまえはこのまま、ここに残っていろ」
バクヤは死体の山を見て肩を竦める。
「選ぶほど道が無いということやな」
せめて肉体が回復するまで休息をとりたい。しかし、ここで休ませてもらえるとも思えない。
「まえに進んだほうがまし、てことだよね」
エリウスがみょうに明るく言った。バクヤはため息をつく。
「ま、そういうこっちゃ」




