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ワルキューレ シリーズ  作者: ヒルナギ
第四章 冥界のワルキューレ

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第四話 迷宮の牢獄

 バクヤたちはウルラに導かれて暗い階段を下ってゆく。ウルラは狭くて暗い階段を魔道の光で照らしながらバクヤたちの先を行った。

 ヌバークはウルラに問いかける。


「状況はどうなのだ、ウルラ殿」

「よくない」


 ウルラは、冷然と言った。


「ガルン様が黄金の林檎を持って戻られてから、状況は一変した。それまで二派に分裂していた貴族たちは、今はガルン様の元にまとまっている」


 ヌバークはため息をつく。


「それでは、ガルンが王に?」

「いや、ガルン様はまだヴァルラ様を王としておられる。多分待っておられるのだ」

「おい」


 後ろからバクヤが声をかける。


「貴族っていうのはあれか、つまり」

「おまえたちのいう魔族のことだよ」


 ウルラが答える。ヌバークは苛立たしげにウルラに問いかける。


「ガルンは一体何を待っているというのだ」

「決まっている。ヴェリンダ様をだ」

「では」

「そうだ。ヴェリンダ様を支配下におき婚礼の儀式を執り行った上で、王位を継承するつもりなのだ」


 ヌバークはため息をつく。


「では人間も」

「うむ。もうヴァルラ王の帰還が可能だと信じている者は殆どいない。我々のように地下へ潜伏しているごく僅かな者だけが、ヴァルラ王の救出に向かうつもりなのだ。とりあえず、我らの仲間が地下でヌバーク殿、そなたの帰りを待ち望んでいる。早くそこへ行こう」


 そして、バクヤたちは地下の底へついた。かなりの距離を下ったはずである。そこには、巨大な鉄の扉があった。

 ウルラは小声で呪文を唱えながら、その鉄の扉を押す。扉は開かれた。

 そこは、薄明の世界だ。

 天井は高く、幅の広い通路が真っ直ぐ伸びている。

 薄く光が天井から差し込んでいた。朧げにものの形を判別することができるが、色はすべて灰色にしか見えない。

 壁は、何か得体のしれない蔦のような植物によって覆われており、材質がよく判らない。床にも洋歯植物のようなものが生い茂っていた。道の両側には水の流れる河のようなものがある。そして、所々天井から小さな滝のように水が流れ落ちていた。

 ウルラはその真っ直ぐな道を先に立って歩き出す。バクヤたちもそれに続いた。ヌバークはバクヤとエリウスに声をかける。


「ここは迷宮だ。気をつけろ」

「なにいうとるんや、道は真っ直ぐやないけ」


 突っ込むバクヤにヌバークは首を振って答える。


「真っ直ぐに見えているだけだ。空間そのものが歪曲している。うかつに道をはずれると、どこか得体のしれない世界へ飛ばされることになる」

「おっかないねえ」


 と暢気な声でエリウスは言った。

 薄明の空間は、ヌバークにいわれて改めて見なおしてみると何か不思議な力に満ちているような気がする。差し込んでいる薄い光にしても、流れる水にしても、生い茂る植物もどこかこの世のものとは思われない気がした。

 バクヤはとりあえずはぐれないように、ヌバークのすぐ後ろを歩くようにする。その迷宮も随分長い道のりだった。

 自分がどのくらい歩いていたのかよく判らない。風景は変わることが無かったため、ずっと同じ所を歩いているような気もするし、随分遠いところまで来たような気もする。

 道の終わりは唐突にきた。バクヤにはその扉が突然出現したように思える。

 それは巨大な鉄の扉だった。黒く塗られており、むしろ行く手を塞ぐ闇のように見える。

 ウルラは小声で呪文を唱えながら、その扉に手をかけた。扉は少しため息のような音を立てて、そっと開く。

 ウルラはその中に入っていった。バクヤたちも、その後に続く。


「おい」


 扉の中は、広々とした部屋である。殺風景といってもいい。剥き出しの石の壁と天井、床があるばかりだ。そして向こう側には鉄格子が嵌っている。


「ここは牢獄とちゃうんか」


 バクヤは思わず呟いた。あたりを見まわす。ウルラの姿が見えない。ヌバークが蒼ざめる。


「馬鹿な」


 ヌバークは数歩前にでる。鉄格子の向こうは闇だ。しかし、その奥には何か不気味な気配がある。


「この扉開かなくなっちゃった」


 エリウスが閉まった扉を押しながら、のんびりとした声で言った。バクヤは野獣のような唸り声をあげる。

 ヌバークが絶叫した。


「ウルラァァーーッ!」

『そう怒らないでくれ、ヌバーク殿』


 どこかから、ウルラの声が聞こえてくる。


「この裏切り者!」

『冷静になりたまえ。まさに状況は変わったのだよ。考えてもみたまえ。ガルン様は黄金の林檎を持っている。そしてかつて裏切ったラフレールも今はウロボロスの輪の彼方だ。後はエリウスさえ死ねば、我々に敵対するものはいなくなるのだよ』

「おまえは」


 ヌバークは、血を吐くように叫ぶ。


「ヴァルラ様を裏切るというのか!」

『いいではないか、大した問題ではない。いいかね。中原に満ち溢れるあの無様な家畜どもを駆逐し、再び貴族たちと王が全てを支配する世の中になるのだよ。ヴァルラ様が消えるくらい大したことではないよ』

「ふざけるな!」


 ヌバークは叫ぶ。しかし、もうウルラの答えはなかった。代わりに、鉄格子の向こうに明かりが灯る。

 薄明かりの中で何か蠢く無数のものが浮かびあがった。獣のようである。四足で歩き回っていた。

 しかし、それらは人である。白い肌の人間たちであった。


「おい、なんやあれは」


 バクヤはヌバークに問いかける。ヌバークはうめいた。


「家畜だよ。白い肌の」

「いや、あれは人間やろう」


 その人間たちは、足を膝の下で切断されているため、二足で歩くことができず手をつき這い回っている。髪は伸び放題で、顔は髭だらけだ。身体は汚れているが白い肌であることは判る。

 その人間たちは獣のような声をあげるばかりで、言葉を持っている様子は無い。こちらの言っていることも理解していないようだ。

 服は身につけていないが、その両手には鉄の爪が装着されており、口には鉄の牙が埋めこまれている。白い肌のその者たちは鉄格子のところまできて、こちらを見て唸り声をあげていた。

 飢えた獣のように見える。狂った野獣にしか見えなかった。


「なぜ人間をあんなふうに」


 バクヤの呟きに、ヌバークは冷たく笑って答える。


「神はそもそも黒い肌の人間と貴族しか造らなかった。白い肌のものは、奇形として生まれてきたのだ。知能も低ければ、生命力も低かった。それでも人の形をしていたから殺すわけにもいかず、我らは飼い続けた。するとその数はどんどん増えていった。何しろ知能が低くて一日中交わい続けるしか能のない連中だったからな。しかたが無いので、一部をアルケミアの外へ放逐した。それがいつの間にか中原に流れつき増えていった。おまえたち白い肌の人間とはそういう存在なのだ」

「馬鹿言え、人間は人間やぞ」


 バクヤはうんざりしたように答える。


「今はそんな議論してるときじゃないと思うけど」


 エリウスが、ぼんやりと言って鉄格子を指差す。それは、動いていた。ゆっくりと下へ降りていく。白い肌の者たちは、上のほうに生じた隙間を越えようと飛びはね出す。


「くそっ」


 バクヤはメタルギミックスライムの左手を動かそうとする。ぴくりとも動かない。

バクヤの体力は底をついていた。とても戦える状態ではなかった。

 バクヤはヌバークを見る。ヌバークも蒼ざめた顔で立ち尽くしているだけだ。ヌバークにしても、ここまで来るのに魔力を使い切っているのだろう。精霊を呼び出して白い肌の者を蹴散らすだけの力は残っていないようだ。


「しょうがないなあ、もう」


 エリウスは、うんざりしたようにつぶやく。そして、背中に背負っていた剣を降ろすと手に持った。

 黒い鞘に収まった剣。その少しそりのある片刃の剣を、エリウスは抜いた。

 ノウトゥング。

 刀身を半ばで立ちきられた剣である。その本当の刃、金剛石で造られたノウトゥングの刃は刀身の中に収められていた。

 その刃は剣を振るうことによってノウトゥングの外へ飛び出し、ワイアーによってコントロールされる。エリウスは、数歩前へ出た。

 バクヤとヌバークは無意識のうちに、その後ろへ入る。



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