第三話 山上の王国
そして、三日が過ぎた。
真っ白い吹雪の世界を通りぬけ、バクヤは極限状態に達している。予想以上に体力を消耗しているのは寒さのためというよりも、空気の薄さのせいのようだ。ヌバークが魔道の力で空気の密度をあげてくれていなければ、バクヤは動くことすらできなくなっていただろう。
それでも、ほとんど意識を失う寸前まできていた。
白い雪とも氷片ともつかぬものが無数に乱舞するその空間。バクヤはその世界で自分の小ささを痛感していた。
そこは、まさに神の力が猛威を振るっている世界とも思える。メタルギミックスライムの左手で辛うじて岩盤に張り付いてはいるが、吹き荒れる暴風は一瞬でも気をぬけばバクヤを彼方まで吹き飛ばすであろう。
それは真白き巨大な怪物である。
その力はとてつもなさすぎて、バクヤには全貌を感じ取ることすらできない。ただ、果てしなく巨大な力が、あたりを支配していた。
ほとんど無意識の中でバクヤは登り続ける。
何も考えず、ただ機械的に身体を動かし、しかし着実にバクヤは登って行った。
やがて時間が消えてゆき。
空間も消えてゆく。
肉体も感じられなくなり。
ただ純粋な意思だけが。
上へ向かおうという意思だけが真っ白な世界に残った。
それは白い闇の中を漂い続けるようなものだ。
無限に続く白い闇の中を。
ただ微小な点と化して漂い続ける。
何も考えず。
何も見ずに。
ただひたすら。
ただひたすらに。
◆ ◆ ◆
唐突に、頂上は現れる。
嘘のように吹き荒れていた吹雪が消えた。
バクヤはある意味、あっけにとられる。
純白の暴風が支配する空間を抜けたところは、濃紺の空がひろがる世界だった。
ふらふらになりながらも、バクヤは頂上に手をかける。先に着いていたエリウスが助けあげようとして手を出した。バクヤはその手を払いのけ、ふらつきながら立ちあがる。
そこで見た景色に、バクヤはため息をついた。
「これは…」
そこには、壮麗な景色が広がっていた。
ある意味、ヌース神を奉る地であるトラウスと似た佇まいを持つ場所である。
山上は広大な円形の窪地であった。常緑の森林に覆われたその土地は、どこか静謐な空気を纏っている。
その中心には深みのある青色の水を湛えた湖があった。その湖の中心部に島がある。
その島は小高い丘となっており、その丘の頂に城塞があった。それがアルケミアの中心地のようだ。
バクヤは疲れを忘れてその景色に見入っている。濃紺の空が頭上に広がる、美しく神秘的な世界。それがアルケミアであった。とても邪悪とされる神の造った地だとは思えない。
「想像していたものと違うか?バクヤ」
ヌバークの言葉に、バクヤは頷く。
「まあ、中身をみてみんと判らんけどな」
ヌバークは薄く笑う。
「その通りだな。まず、入りこまなければならないが」
バクヤたちのいる地は、巨大な天然の城壁の頂である。その巨大な岩盤がアルケミアを円形に囲んでいた。アルケミアへ入りこむにはその切り立った断崖を、今度は下ってゆく必要がある。
「ここを降りるわけ?」
エリウスの問いかけに、ヌバークは空の一点を指差して答える。
「どうやら、出迎えが来たようだ」
空に金色の輝きが現れる。宵の明星のように輝く金色の光は、次第に大きくなり形をはっきりとりはじめた。それは、巨大な金色の鷲である。
金色の鷲は、バクヤたちの上空をゆっくり一回旋回すると急降下してきた。そして、バクヤたちの目の前で一度大きく羽ばたく。その姿は、月の光のような黄金の光につつまれている。そして、その光は一瞬直視できないほど強力なものに高まった。
光はすぐに消える。そして、光の後にバクヤたちの前に立っていたのは、灰色のフードつきのマントに身を包んだ男だった。
その男は、ヌバークと同様に黒い肌に黒い髪、そして琥珀色の瞳をしている。その姿は魔導師のようだが、顔つきの精悍さや身体の逞しさはむしろ戦士を思わせた。
「よくぞ戻られた、ヌバーク殿。そして、助け手をつれてこられたらしい」
ヌバークは頷く。
「出迎え御苦労、ウルラ殿」
バクヤは、ウルラと呼ばれた男と、ヌバークを見比べ言った。
「ええとや、こちらはなんつうか、おまえの友達なんか?」
ヌバークは頷く。
「ウルラ殿、紹介しておこう」
ヌバークは、エリウスを指し示す。
「中原で最も古い国の王子、エリウス殿だ。ガルンを倒すのに力を貸してくださる」
「おおっ」
ウルラの琥珀色の瞳が鋭い光を放ち、エリウスを射抜く。エリウスはぽよん、とした笑みでその眼差しに答えた。
「いやあ、王子といっても国は無くなっちゃったんだけどねえ」
「あなたが、あの、エリウス王子か」
「おいっ」
バクヤが割って入る。
「おれもいるんやけど」
「エリウス殿の友人、バクヤ殿だ。同様に力を貸してくださる」
「うむ」
ウルラはちらりとバクヤを見ると頷く。
「急ごう、我々にはあまり時間は無い」
ウルラはそういうと、先に立って歩きだす。
ウルラの行く先の地面に突然、地下へ下る穴が現れた。その穴の中にウルラは踏みこんで行く。バクヤたちも続いて、その穴の中にある地下へ続く階段へ踏みこんだ。




