第二話 神の造った山
それから四日間、バクヤたちは歩き続けた。そして、その奇妙な風景の場所へと辿り着く。
「なんや、ここは」
バクヤは思わず呟いた。
砂漠は唐突に終わる。その砂漠の終わりには小さな集落があり、ヌバークはそこでカメロプスや砂漠の装備を売り払うと、新しい装備を購入した。
そして、砂漠の終わった地点。そこは、切り立った断崖だった。断崖は巨大な円を描いて窪地を囲っている。そして、その断崖に囲まれた土地、そこは緑の密林だった。
遥か地面の下にはぎっしりと緑の木々が茂っている。その密度は、とても高い。上からみると濃緑のカーペットを敷き詰めたようだ。
密林の向こう側に巨大な円筒形の山が聳えている。その山は完全に垂直に切り立っているように見えた。まるで、空に向かってそそりたつ巨大な砲身のようだ。
それは濃緑の湖に聳え立つ、巨大な塔のようにも見える。自然に形成された地形とは思いがたいが、人工にしてはスケールが大きすぎた。幅にしろ高さにしろ、中原の山脈を遥かにこえる規模に見える。上方は雲や霞に隠れはっきりと見えない。
「知らなかったのか?」
ヌバークが冷然と言い放つ。
「アルケミアは、グーヌ神が地上に降り立った時に作り上げた山の上に存在する。そんなことも知らずに、アルケミアに行くつもりだったのか」
ぬう、とバクヤは唸る。気がつくと、バクヤはエリウスの頭を叩いていた。
「痛いなあ、もう」
ぼやくエリウスを、バクヤは叱り付ける。
「おまえもなあ、なんでこういうことをおれに説明しとかんのや」
「だって」
エリウスは中原で最も古い王国の王子に相応しい美貌に、無邪気な笑みを浮かべる。
「聞かなかったじゃん」
うぬう、とバクヤはうめくと、エリウスの頭を叩く。
「痛いよう」
「うるさい、つべこべいわんと、行くぞ、こら」
「こらって」
エリウスは先に立って歩き出したバクヤの後を追いかける。
断崖には下へ降りてゆくための隘路があった。隘路を下るとそこは密林である。蒸し暑く薄暗いその世界は、毒蛇に毒虫、猛獣に奇妙な姿をした猿たち、そして極彩色の鳥たちが乱舞し、天上世界の色彩を持った花の咲き乱れる空間だった。
生きるものに容赦がない灼熱の砂漠と違い、絡まりついてくるような熱気と豊穣な生命の気配に満ち溢れた空間である。バクヤたちは、その過剰な闇の中を、肌に粘りつく熱気の中を歩んでゆく。
そこを抜けるのに、三日かかった。
そしてついたのは、聳え立つ山。
そこには、垂直に広がる森林があった。円筒形の山は目の前に聳え立ち、その垂直に広がる山稜には木がぎっしりと生えている。壮大にそそり立つ緑の壁のようだ。そのあまりのスケールに、眩暈すら感じさせられた。
ところどころに、巨大な滝が垂直の河となって、地上へ水を落としている。その水の量は莫大で、巨大な透明の柱が聳え立っているように見えた。水飛沫が霧のようになって、その水の柱を覆っている。
上方は雲に隠れてよく判らないが、雪に覆われているようだ。上のほうはあまりに高すぎて、ぼんやりとしか見ることができない。
バクヤたちはその神が創り出した空間へと、足を踏み入れた。
そのとてつもない山へ登りだし、四日が過ぎる。
◆ ◆ ◆
「それにしてもや、」
バクヤは一人愚痴る。その巨大な山を四日登り続けた。雲に近づくにつれ、極寒の世界になってくる。
バクヤは、左手を刃が鋭く尖った斧のような形に変形させていた。その左手を岩盤に叩きこむ。メタルギミックスライムという、金属生命体から出来たバクヤの左手は雪氷に覆われた岩盤にくいこみ突き刺さった。バクヤは身体を押し上げる。
「いつまで、このくそ寒いところを登り続けなあかんのや」
「だからさあ」
バクヤの隣でエリウスが涼しい顔をして答える。エリウスは、垂直に切り立った山を平地を歩くように平然と歩いていた。
魔操糸術。
エリウスはその技の使い手である。
エルフの紡いだ糸を、魔道で作り上げた極小の穴を通して彼方に放つ。その糸は、ずっと上方の岩に結わいつけられており、エリウスの身体を支えていた。
エルフの糸は、目に見えぬほど細いがエリウスの身体を支えるのには十分な強度がある。
「ヌバークが言ってたじゃん。七日かかるって。あと三日でしょ」
うぬう、とバクヤは唸る。
そんなことは判っていた。ただたんに、単調なこの作業に飽きてきただけである。
しかも、肉体的にかなり疲労していた。しかし、涼しい顔をしているエリウスにそれを悟られるのは、物凄く腹立たしい気がする。
バクヤは、身体を右手と両足で支えると左手を引き抜く。ぶん、と細長くした左手を上方に放り上げた。それはまた岩盤に叩きこまれる。バクヤは左手を支点に身体を押し上げてゆく。
「ヌバークのやつは、また一人で先にいっとんのか」
「うん、次の野営地を設営してるよ」
ヌバークは風の精霊を使って体を押し上げていくので、バクヤやエリウスと比べて早く移動できる。その代わり野営の荷物を引きうけ、いつも野営地の設営を一人で行う。
「ま、しかしおまえらはや、なんかこう」
「え、なに?」
バクヤは無邪気に笑いながら問いかけるエリウスの顔を見て、なんとなく愚痴る気を無くした。
神の造った山。
そこに登るのであれば、自身の精神と肉体をぎりぎりまで酷使し、苛酷な極寒の地で魂をすり減らしながら登ってゆくのが礼儀のような気がする。つまり、登山は山との格闘だと思っていた。
しかし、エリウスはまるで野原を散歩するようなペースでバクヤについてくる。これでは、一人体力をすり減らしながら登っている自分がただの馬鹿のように思えた。
(ま、ええか)
自分は自分のやり方に満足している。
エリウスたちをとやかく言ってもはじまらない。そうも思えた。




