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ワルキューレ シリーズ  作者: ヒルナギ
第四章 冥界のワルキューレ

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第一話 アルケミアへの道

 そこは、闇の中だった。

 その闇は下方へ向かうにつれ、次第に濃くそして深くなってゆき、上方へ向かうと次第に明るく薄暮の世界になってゆく。そこは巨大な筒の内側のような場所だ。

 円筒形の長い空間である。広さは直径1キロといったところであろうか。どのくらいの深さがあるのかは、見当もつかない。そして、高さも果てしなく見える。

 その果てしない空間を覆っている円筒形をした壁に、一つの横穴があった。壁に穿たれた横穴から下に向かって、階段が伸びている。

 その階段は、螺旋状に壁にそって造られていた。壁に刻まれた階段を降りてゆけば、長大な円筒形の空間の最下部へ辿り着くことができるようだ。

 横穴から、影が現れる。その影は黒衣を纏った男だった。漆黒のマントに身を包んだ男は、目深に鍔広の帽子を被っている。黒衣の男は、静かに呟いた。


「思ったとおりだな」


 その男の後ろから、白い巨人が現れる。白衣を纏った巨人族の女戦士だった。巨人の四肢には特に奇形的なところはなく、見事にバランスのとれた姿形の巨人である。

むしろ、その巨人は通常の人間以上に美しいといえた。


「何が思ったとおりなのだ、ロキ」


 ロキと呼ばれた黒衣の男が答える。


「これを見ろ、フレヤ」


 フレヤと呼ばれた純白の鎧を身につけた巨人戦士は、ロキの指差す先の壁を見る。

そこには、古代語でこう刻まれている。


『ここより、はじまる』


 フレヤは女神の美貌に苦笑を浮かべる。


「さっきおまえが書いたしるしだな」

「そうだ。我々はここから下りはじめ、半時は下りつづけたはずだ。しかし、またここへ戻ってしまっている」


 ロキは何の感情も感じられぬ声で淡々と語った。フレヤは少し嘲るような口調で言った。


「つまり、我々に対しては、冥界への扉は閉ざされているということだな」

「今はまだな」


 ロキはじっとその冷徹な瞳で深い地下の果てを見つめている。


「しかし、我々がそこに行く必要がある以上、その扉は必ず開かれる」


 闇は深く静まり返っていた。


◆     ◆     ◆


 砂塵の彼方に太陽が沈んでゆく。地獄の業火のような真紅に、砂漠の空を染めながら。

 その紅い太陽の光で身体を染めながら、砂漠を進む人影が三つ。皆、フードつきのマントに身を覆っているため、表情は見えない。

 そして彼らに従う三頭の獣がいた。獣は荷を背負い、黙々と後ろを歩いている。


「それにしてもや、」


 一人が愚痴り出す。


「なんで、こんなくそ熱いところをだらだら旅せなあかんのや、ヌバーク、こらっ。

魔道でなんとかせんかい」


 ヌバークと呼ばれた人影が、フードをとり顔をだす。ヌバークは漆黒の肌に、黒い髪の少女だ。

 この時間は、夜の激しい寒さもなく、昼間の灼熱もなく、かろうじて人間が外気に耐えれるときだった。


「言っただろう、バクヤ。魔道でアルケミアへゆく道は全て封鎖されている。今のアルケミアは狂王ガルンの支配下にあるのだ。魔道を使わずにゆくしかない」

「そやけれどもや」


 バクヤと呼ばれたその人も、フードをとる。その顔はとても端正な女性のものだったが、髪を短く切りこんで鋭い瞳を持ったその姿はむしろ、精悍というべきだろうか。


「ロキとフレヤは、魔道の道を通っていったんとちゃうんかい」

「だからだ」


 ヌバークは、だんだん子供をなだめる母親の口調になってくる。しかしどう見ても、ヌバークのほうが、バクヤよりずっと若そうに見えた。


「ロキとフレヤのゆく道は、人では通れぬものだ。彼らは人では無い存在だから、その道をゆける。それも、説明したと思うが」

「うぬう」


 バクヤ自身、そんなことはよくわかっていた。


「せやけどや、もう三日やで。三日。こんなくそ熱いところを三日も旅して、いつになったらアルケミアが見えてくるんや」

「七日かかるといっただろう。まだ半分も来てないぞ。ねをあげるにしても早すぎる。

それとも今からおまえだけ退き返すか? バクヤ」

「あほいえ」


 バクヤはただ単に、不機嫌なだけだった。苛酷な旅にという訳ではない。苛酷というのであれば、もう少し酷い状況も経験してきたことはある。むしろ、この旅は楽といってもいい。

 例えば、水は魔道を通じて取り出すことができるため、その心配をしなくてもよかった。食料にしても、ヌバークが調達してきた三頭のカメロプスという獣が十分な量を運んでくれている。

 バクヤにしてみれば、むしろこの旅は単調なのだった。最初のうちは日中を支配する凄まじい灼熱や、夜を覆う極寒に心を奪われたが、三日目となると同じことの繰り返しになってくる。

 バクヤは後ろに従うカメロプスを見た。見た目は東方にいるラマという獣と似ているのだが、砂塵に対応した瞼や鼻を持っており、背中な脂肪の塊があって苛酷な環境であっても耐えてゆける獣だ。

 その獣たちを引いて歩いている人影に、バクヤは声をかけた。


「おい、エリウス」

「なあに」


 エリウスと呼ばれたその人影は、フードをとる。そこに現れたのは、美しい黒髪の青年だ。


「おまえもなあ、もうちょっと、しゃきっとせんかい、こら」

「しゃきっとって、」

「んだから、こう、似合いすぎるんや、その姿が。なんつうか、おまえ一応、王子やろうが」

「んなこと言われてもなあ」


 突然、前をゆくヌバークが歩みを止めた。バクヤたちも思わず足をとめる。


「見ろ」


 彼らは、小高い砂丘の頂に差し掛かっていた。見晴らしの好い場所だ。ヌバークは行く手を指差す。陽はすでに地平線のあたりまで沈んでいたが、空は残照でまだ明るい。

 砂漠は広大な灰色の海のように風で刻まれた波紋をさらし、眼前に広がっている。

 その無限にも見える砂の世界の、ずっと向こう。

 そこには砂塵が蠢いておりその中に、何か影のようなものが時折映る。

 その幻影の彼方に、巨大な城塞のような山が見えた。

 その姿は薄暮に立ち尽くす、世界を背負った巨人を思わせる。

 それは、人工物のように見事な円形状に聳えていたが、しかしスケールから考えると人工物であるとは考えられない。おそらくトラウスにある聖なる樹、ユグドラシルなみのスケールがありそうだ。つまり、広大な山脈に匹敵する規模である。


「あれがアルケミアか」


 バクヤの問いに、ヌバークは無言で頷く。

 それは、暮れ行く太陽の下で陽炎のように揺らめいて見えていたが、確かに実在のものとしての存在感がある。

 ある種見るものに畏怖を感じさせるような、そんな存在感であったが。

 三人は、再び砂漠の海を歩み出した。

 その果てしなく広大な砂の海へゆっくりと三人は飲み込まれる。

 風が渦巻き、灰色の巨大な波となって通りすぎていく。

 夜の闇が静かに近づいていた。


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